中村傳三郎

没年月日:1994/08/23
分野:, , (学,評)

 東京国立文化財研究所名誉研究員の美術史家、美術評論家の中村傳三郎は、8月23日大腸がんのため千葉県市川市の東京歯科大学市川総合病院で死去した。享年77。日本近代美術史、とくに日本近代彫塑史の実証的研究に先鞭をつけた中村は、大正5(1916)年10月30日兵庫県芦屋市西蔵町2番地11号に生まれ、昭和15年甲南高等学校高等科を卒業し東京帝国大学文学部美学美術史学科へ進み、同17年9月卒業した。同年4月陸軍二等兵として入営し、戦後の同21年5月ラパウルから名古屋に帰還、除隊する。翌22年5月から兵庫県武庫川学院中学校教諭となったが同年9月に退職、10月、国立博物館附属美術研究所(現東京国立文化財研究所美術部)に奉職した。以後、同24年文部技官となり、同42年美術部主任研究官、同47年美術部第三研究室長に昇任、同53年4月定年退官した。美術研究所入所当初から日本近代美術、特に従来殆んど未開拓であった明治以降の彫塑史研究に着手し、すでに同26年には「明治末期におけるロダン」を研究所の機関誌「美術研究」第163号に発表した。同論文は、日本近代彫刻における西洋彫刻の受容と展開に着目したものであり、この分野における実証的研究に先鞭をつけた論考として注目された。続いて、ロダンの影響を最初に受け、真に彫刻界に近代をもたらしたとされる荻原守衛の生涯と芸術に関する詳細な研究を続行し、その成果を同33年以来「美術研究」誌上に6回にわたって発表した。一方、平櫛田中ら木彫家の作家研究、明治以来の彫塑団体の系統的調査研究を併行し、日本近代彫刻史の史的展開を総合的に把握するに至った。上記研究の主要な論文は、著書『明治の彫塑』(平成2年)にまとめられ、同書で平成3年、第45回毎日出版文化賞を受賞した。また、彫塑・立体造型を主とする現代美術の動向の調査研究にも従事し、その成果は在職中の『日本美術年鑑』の編集、執筆に生かされている。さらに、日本美術評論家連盟会員として、批評活動も展開し、数多くの美術批評を新聞や雑誌に発表し、作家の創作活動に大きく寄与した。
主要著書・論文
著書
明治の彫塑(共著)(昭和31年11月、洋々社)
彫塑界とロダン(共著)(昭和36年9月、角川書店)
竹内栖鳳(共著) (昭和38年1月、講談社)
彫刻界の動き(共著)(昭和39年7月、角川書店)
工芸・彫刻(共著)(昭和50年3月、東京国立文化財研究所)
岡田三郎助(共著)(昭和50年5月、集英社)
北村西望-その人と芸術(共著)(昭和51年6月、講談社)
工芸・彫刻(共著)(昭和52年1月、有斐閣)
荻原守衛とその周辺(昭和52年3月、至文堂)
近代日本彫刻の流れ(共著)(昭和52年6月、東京芸術大学)
明治の彫塑(平成3年3月、文彩社)
論文
明治末期におけるロダン(昭和26年11月、美術研究163)
明治時代の彫塑団体青年彫刻会について(昭和31年1月、美術研究184)
四条派資料「村松家略系」と呉春・景文伝(昭和36年5月、美術研究216)
松村景文筆雪中白梅豆鳥図(昭和38年12月、国華861)
荻原守衛-生涯と芸術-(昭和39年7月、美術研究235(以下、264、266、274、279、290号に継続))
平櫛田中-人と芸術-(昭和48年4月、形象12)
(なお、「碌山美術館報」第16号に詳細な著作目録-中村傳三郎「近・現代日本の彫塑」主要著作目録-が編集収載されている。)

出 典:『日本美術年鑑』平成7年版(351-352頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「中村傳三郎」が含まれます。
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