荒木哲夫

没年月日:1984/01/10
分野:, (版)
読み:アラキ, テツオ*、 Araki, Tetsuo*

 銅版画を中心に多様な技法を駆使して心象風景を描いた版画家、荒木哲夫は、1月10日午前3時3分、クモ膜下出血のため、東京都港区の慈恵医大付属病院で死去した。享年46。昭和12(1937)年6月1日、東京府台東区に、皮革加工業を営む生家の三男一女の長男として生まれる。同20年、東京府本所区立業平国民小学校に入学、10歳の時、肋膜からカリエスという宿痾に襲われ、美術鑑賞や読書などを趣味とする内省的生活を送る。同26年東京都台東区立精華小学校を卒業。同30年、同区立福井中学校を卒業し、病気のため通信教育で学び同33年都立上野高校を卒業、同年武蔵野美術大学西洋画科に入学する。同校在学中、版画に興味を持ち、同35年東京国際版画ビエンナーレ展でフランスの版画家ジョニー・フリードランデルの作品に感銘を受ける。同37年武蔵野美術大学西洋画科を卒業。パリ留学をめざして英語、仏語を学び、同40年、パリへ留学、フリードランデル工房に入門。フリードランデルの指導を受けるかたわら、アカデミー・グラン・ショーミエール、パリ市立素描講座クロッキー室に学ぶ。同42年パリで個展。翌年はブリュッセルで個展を開くが、同43年病を得てパリで手術を受け、その後も体力が回復せず同45年に帰国する。帰国後もクラコウ国際版画展、ウィーン国際版画展に出品、受賞する他、国内外の展覧会に出品する。同51年東京芸術大学美術学部材料学研究室に学び、駒井哲郎に師事する。翌52年より日本版画協会展に出品。同53年、東京版画研究所でリトグラフを学び、銅版の他、モノタイプ、エンボーシュ、コラージュなど多彩な技法をとり入れた新たな展開を見せた。代表作に「夜想曲」(昭和42年)、版画集『夜との対話』『昼との対話』(同49年)がある。

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出 典:『日本美術年鑑』昭和60年版(239-240頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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