山名文夫

没年月日:1980/01/14
分野:, (デ)
読み:ヤマナ, アヤオ*、 Yamana, Ayao*

 元多摩美術大学教授で日本のグラフィックデザインの草分けの一人である山名文夫は、1月14日午後10時50分、心不全のため東京都狛江市の慈恵医大第三病院で死去した。享年82。1987(明治30)年3月17日和歌山県に生まれ、1916年和歌山中学校を卒業した後、赤松麟作洋画研究所で油絵を学び、『苦楽』『女性』などの雑誌の表紙や挿絵を描いた。23年プラント社(出版)美術部に入社したが、28年同社が解散したため、29年資生堂広告意匠部に入社、ポスターや広告に、流れるような繊細な線で女性の顔や花の模様などを描いた現代的なグラフィックデザインを次々に生み出した。43年一たん退社し、戦後47年復社、56年から同社顧問をつとめていた。また46年多摩造形芸術専門学校(現多摩美術大学)図案科教授(67年退職)となる一方、商業デザイナーの地位向上を目指して51年に結成された日本宣伝美術会の初代委員長となり、65年には日本デザイナー学院を開校するなど、我国の広告文化に大きな影響を与えた。この間53年にデザイン生活30年を記念して銀座資生堂ギャラリーほか大坂・名古屋などで個展を開催し、また55年には第1回毎日産業デザイン特別賞(商業デザイン部門)を受賞、56年第9回広告電通賞ポスター作家賞、61年第6回日本宣伝クラブ吉田賞などを受賞し、67年には、デザイン教育における功労を認められ、勲四等瑞宝章を受章した。このほか、文部省教科書検定審議委員(56年より)、朝日新聞・日本経済新聞・広告電通賞審議会の各広告作品コンクールの審査員、東京広告協会顧問などをつとめた。著書に『女性のカット』(28年)『カフェ・バー・喫茶店広告図案集』(30年)『花の図案集』(48年)『山名文夫装画集』(53年)『山名文夫新聞広告作品集』(63年9『山名文夫イラストレーション作品集』(71年)『唐草幻像作品集』(73年)などがある。

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出 典:『日本美術年鑑』昭和56年版(236頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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