原田治郎

没年月日:1963/07/25
分野:, (学)
読み:ハラダ, ジロウ*、 Harada, Jiro*

 元東京国立博物館職員原田治郎は病気療養中のところ、肺炎を併発し、東京都台東区の自宅で逝去した。享年84才。明治11年12月2日山口県に生れた。若くして、米国カリホルニヤ大学に学び、同38年名古屋高等工業学校の講師となり、のち同校及び第八高等学校教授として英語を指導した。昭和2年帝室博物館の嘱託となって以来、戦後国立博物館の事務官に任ぜられ、28年にわたって、英文列品目録や解説の編集事務や渉外事務にあたった。この間、明治37年の米国セントルイズ万国博覧会はじめ、同43年の日米博覧会、大正3年の桑港博覧会、或いは第二次大戦後の再度にわたる米国に於ける日本古美術展覧会に要員として出張を命ぜられ、さらに昭和10年には交換教授として米国オレゴン大学に赴き、同時に諸大学、美術館に於いて、日本文化に関する講演を行い、オレゴン大学から名誉文学博士の称号を受けた。かように、その生涯の大半を日米文化の交流に献げた。
その主なる著書に
“Garden of Japan”London;1926
“Hiroshige”London;1929
“English Catalogue of Treasures in the Imperial Repository Shosoin”Tokyo,1932
“Examples of Japanese Art in the Imperial Household Museum”Tokyo;1934
“The Lesson of Japanese Architecture”London;1937
“A Glimpse of Japanese Ideals”Tokyo;1937.

「*」の読み、ローマ字表記はWeb NDL Authoritiesを利用
出 典:『日本美術年鑑』昭和39年版(134頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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