大森明恍

没年月日:1963/01/05
分野:, (洋)
読み:

 生涯富士の絵を描きつづけた洋画家大森明恍は、1月5日死去した。享年61歳。本名桃太郎。明治34年10月18日福岡県遠賀郡に生れ、大正8年本郷洋画研究所に入った。同10年二科会展に「浪懸夏光」を出品し、昭和8年富士山研究のため、御殿場に一家をあげ移住した。その後、昭和13年2月東京銀座資生堂ギャラリーにおいて第1回富士山画個展開催をはじめ、北海道九州等各地で個展により多くの富士図を発表した。なお、芸術新潮(4巻7号)に「富士を描いて30年」の一稿がある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和51年版(335頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2021年12月10日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「大森明恍」『日本美術年鑑』昭和51年版(335頁)
例)「大森明恍 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9142.html(閲覧日 2023-01-28)
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