磯部草丘

没年月日:1967/01/09
分野:, (日)
読み:イソベ, ソウキュウ*、 Isobe, Sokyu*

 日本画家磯部草丘は、1月9日敗血症のため死去した。享年69才。本名覚太。明治30年3月24日群馬県佐波郡に生れた。大正8年上京し、伯父である帝大文学部大塚保治教授の下に身を寄せ、川合玉堂の門に入った。大正13年「冬ざれ」が第5回帝展に初入選し、つづいて児玉希望の戍辰会に入った。その後昭和3年から帝展に連続出品し、作品に「簗の豊秋村」(第9回)「梅花村図」(第10回)「房南間居」(第11回)「空山流水」(第12回)「岬」(第13回)「虹」(第14回)「葉月の潮」(第15回)などがあり、「葉月の潮」は特選になった。その後新文展に「秋立つ浦」(招待展)「東海の冬」(第2回)「妙義」(第3回)などを出品した。昭和18年召集により台湾に派遣され、同地で終戦を迎えたが、復員後は郷里伊勢崎郊外にあって制作に親しんだ。戦後は日展に依嘱出品の他個展を開いたが、日展では「夏の山」(第5回)「晨朝」(第8回)「雲と花栗」(第10回展)「ふるさとの山河」(第11回展)などがある。作品は、水墨と色彩を融合させ、溌色に特色があった。

「*」の読み、ローマ字表記はWeb NDL Authoritiesを利用
出 典:『日本美術年鑑』昭和43年版(140頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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