高橋周桑

没年月日:1964/02/27
分野:, (日)

 新製作協会会員の高橋周桑(本名千恵松)は、2月27日心臓衰弱のため、東京都目黒区東京共済病院で死去した。享年63才。尚葬儀は、目黒区の自宅で新制作協会葬により行われた。明治33年12月23日愛媛県周桑郡に生れ、大正12年速水御舟の門に入った。昭和5年第17回展で「秋草」が第二賞となり、同17年第29回展で「双華」、32回展で「陳列室」を出品し、無鑑査となった。となった。昭和23年には新日本画の創造を目ざして、新しく「創造美術」が結成された。これを機会に周桑は、長年出品していた院展を退きその創立会員となったが、昭和26年同会が新制作協会と合併したので、新制作協会会員として現在に至ったものである。師御舟の作風を追ったかに見える沈静な趣の画風を特色とし主な作風に次の様なものがある。「春開」「春の枝」「秋草」(昭和5年)「銀座」(第1景~第3景)(昭和7年)「競馬」(昭和9年)「樹と鳥」(昭和13年)「文楽」(吉田栄三)(昭和8年)(陳列室)(昭和22年)「ダリヤ」(昭和23年)「群像」(昭和24年)「松林」(昭和26年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和40年版(125-126頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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