山下繁雄
日展出品依嘱、元太平洋画会々員山下繁雄は、9月27日脳軟化症のため奈良市の自宅で逝去した。明治16年12月9日東京市京橋区に生れた。不同社で小山正太郎の教えをうけ、また太平洋画会の研究所にも学んだ。明治40年の東京勧業博覧会に「武蔵野」が入選、褒状をうけたのが展覧会への初出品で、続いて41年第2回文展に「夏木立」「綾瀬川」が入選となつた。其後制作不振のため一時画業を離れ、大正3年大阪に居住した。翌4年、友人のすすめで再び作品を文展に送り「軍鶏」が入選、以来、もつぱら軍鶏を描き、大正15年帝展出品の「雄鶏の図」は久迩宮家御用品となり、昭和7年帝展出品の「軍鶏」は特選となり、昭和洋画奨励賞をうけている。同8年帝展で「軍鶏」は再び特選をうけ、翌年から無鑑査待遇、或は招待出品者として「嵐に立つ軍鶏」(昭和11年文展招待展)、「蓼花軍鶏」(昭和13年文展)等を出し、軍鶏の画家として知られていた。晩年は日展出品依嘱者として同展に軍鶏の作品を出品、昭和26年奈良県文化功労者として表彰をうけた。
出 典:『日本美術年鑑』昭和34年版(154頁)登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)
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例)「山下繁雄」『日本美術年鑑』昭和34年版(154頁)
例)「山下繁雄 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8927.html(閲覧日 2024-12-02)
例)「山下繁雄」『日本美術年鑑』昭和34年版(154頁)
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