下村為山

没年月日:1949/07/10
分野:, , (洋,日)

疎開先の富山県西礪波郡に於て脳溢血のため逝去。享年85。本名純孝、慶応元年愛媛県松山に生る。明治20年前後本多錦吉郎、小山正太郎に就て洋画を学び同23年の第3回内国勧業博覧会に「慈悲者の殺生図」を出品して褒状を受けた。はじめ明治美術会に加つて、その展覧会に出品したが、同30年頃から日本画に転じ、南画家として知られた。又正岡子規の門に入り、内藤鳴雪、高浜虚子等と共に俳句を学び、その方面でも知られていた。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(139頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

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例)「下村為山」『日本美術年鑑』昭和22~26年版(139頁)
例)「下村為山 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8637.html(閲覧日 2024-06-26)

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