辻茂

没年月日:2017/07/02
分野:, (学)
読み:つじしげる

 東京藝術大学名誉教授の辻茂は、7月2日、肺炎のため、イタリア、オルヴィエートの病院で死去した。享年87。
 1930(昭和5)年3月29日、旧満州国南満州大石永昌街に生まれ、福井県敦賀市で育つ。53年3月に東京藝術大学美術学部芸術学科を卒業。4月に同大学美術学部助手として採用される。55年4月に日伊協会事務嘱託(西洋美術史研究)となり、56年9月にイタリア政府給費留学生としてローマ大学文学部美術史学科に留学。57年10月からはヴェネツィア中亜極東学院で日本語講師を務める。60年4月に東京藝術大学美術学部非常勤講師を委嘱され、64年9月には同大学音楽学部講師として採用される。68年3月に同大学美術学部講師に配置換えされ、69年4月に同学部助教授、78年4月に教授に昇任。87年4月から1991(平成3)年4月まで同大学附属図書館長も務め、85年4月以降は同大学評議員でもあった。97年3月に同大学を定年退職、同年6月に名誉教授の称号を授与された。
 大学において教育・研究・大学運営に尽力する一方で、文部行政関連委員を歴任し、70年4月に教科用図書検定調査審議会調査員、86年2月に学術審議会専門委員(科学研究費分科会)、同年7月から2期続けて大学設置審議会専門委員(大学設置分科会)、及び87年9月から4期続けて大学設置・学校法人審議会専門委員(大学設置分科会)に任命された。また、日伊協会の常務理事、『日伊文化研究』編集委員長などを務めた。
 研究の業績は多岐にわたるが、特にイタリアのゴシックおよびルネサンス美術史の分野において、国際的に評価の高い研究成果を数多く発表した。とりわけ顕著な業績としては、ジョルジョーネ研究、アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の初期壁画研究、技法史研究、そしてその一環としての遠近法に関する研究を挙げることができる。
 ジョルジョーネ研究に関しては、76年に『詩想の画家ジョルジョーネ』(新潮社)を刊行した。この本では主題に関して諸説紛糾する「嵐」を中心に据え、先行研究と同時代史料を検証しつつ、当時のヴェネツィアの文化状況、とりわけプロットよりも情景描写を重視する同時代のヴェネツィアの文学との関連を考察することで、独自の結論を提出した。また、古文書に記された「夜の絵」に関する章は、71年に発表した論文を土台としたものであり、「キリスト降誕図」とする従来の研究に対して、夜景図とする解釈を打ち出した。研究の成果は79年にイタリア、カステルフランコ・ヴェネトで開催された生誕五百年記念ジョルジョーネ国際学会においても、イタリア語で発表された。
 アッシジのサン・フランチェスコ聖堂の壁画研究に関しては、日本人の美術史・建築史研究者および画家によるチームを組織して聖堂下堂壁画の現地調査を行い、78年に『アッシージのサン・フランチェスコ聖堂――建立初期の芸術』(共著、岩波書店)を出版した。サン・フランチェスコ聖堂の壁画のうち、下堂にある13世紀のそれはほとんど調査・研究のなされていなかったものであり、撮影・測量・模写によるこの基礎研究は、画期的なものとなった。
 技法史に関しては、論文ではなく彫刻の制作によって学部を卒業したことが示す通り、もともと制作に大きな関心を有したことが根底にある。美術史研究においても作品制作に根差した作品理解や、制作プロセスを重視する姿勢は、おのずと技法の探求へと自らを導いた。フレスコ画の技法研究はアッシジの壁画調査においても行われたが、その後も研究を深め、成果を内外で発表した。論文を発表する一方で、ヴァザーリの『芸術家列伝』中の技法論を中心とする箇所を翻訳し、それらは1980年に『ヴァザーリの芸術論』(共訳、平凡社)に収録された。また、チームを組織してチェンニーノ・チェンニーニの古典的な技法書『絵画術の書』の翻訳作業を地道に進め、1991年に岩波書店より刊行したことは、特筆すべき業績である。
 研究の興味が技法史研究から遠近法研究へと向かうのは自然の流れであった。特に遠近法の発明者ブルネッレスキの遠近法研究を深め、図学的な作図方法に基づいて発明がなされたという従来の見解に対して、史料調査と実験にもとづき、カメラのような「暗箱」を用いて作図したという斬新な説を提出した。研究の成果はイギリスの著名な学術誌『Art History』(vol.13,no.3、1990年)誌上に発表され、また遠近法研究の集大成として『遠近法の誕生――ルネサンスの芸術家と科学』(朝日新聞社、1995年)が出版された。翌96年には、ほとんど数学の領域に踏み込んで中世末期からルネサンスにかけての遠近法理論の歴史を解説した、『遠近法の発見』(現代企画室、1996年)を出版した。
 大学退官後はイタリア中部の町オルヴィエート近郊に移住し、ローマやフィレンツェに通いつつ研究を続けた。2011年秋に瑞宝中綬章を受章した。

出 典:『日本美術年鑑』平成30年版(447-448頁)
登録日:2020年12月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「辻茂」『日本美術年鑑』平成30年版(447-448頁)
例)「辻茂 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/824281.html(閲覧日 2024-04-26)

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