林屋晴三

没年月日:2017/04/01
分野:, (学)
読み:はやしやせいぞう

 日本陶磁史、とくに茶陶の研究を進めた東京国立博物館名誉館員の林屋晴三は、4月1日に誤嚥性肺炎のため死去した。享年88。林屋は日々茶の湯を実践していたので、数寄者という印象で見られがちであるが、東京国立博物館次長、裏千家茶道資料館顧問、頴川美術館理事長、菊池寛実記念智美術館館長などを歴任し、博物館や美術館における展覧会活動には終生関わりながら、陶磁史研究者としての矜持をもち続けた生涯であった。
 1928(昭和3)年7月25日、京都で五人兄弟の末っ子として誕生。母親が茶の湯を嗜むことから、幼いころから自然と茶の湯に親しんできた。40年頃に表千家に入門し、終戦前には表千家の最高位の次の「唐物盆点」の免状をもらうに至っている。林屋の一族はもと加賀藩のお茶師の家で、明治時代末期に京都へ移住、宇治・木幡に製茶会社を立ち上げていた。京都府立京都第五中学校を卒業した後、敢えて大学で学ぶことは選ばなかった。しかし、陶磁研究者への道は、京都の絵画専門学校(現、京都市立芸大)に進んだ長兄の紹介で、日満文化協会理事で中国美術史研究者の杉村勇造と面識を得、杉村の薦めで東京にて学芸員になることを目指すこととなる。47年5月に18歳で東京に出て、杉村の紹介で東京国立博物館を訪れる。正式な職を得るまで図書室で独学、48年2月に非常勤の事務員(雇員)となり、その後数年を経て技師として採用される。「終戦直後で、博物館に入ろうという人間はいなかった時代ですから、僕みたいな中学しか出ていない者でも採用してくれたんですよ」と本人が語っている通り、林屋は大学で育ったアカデミックな世界にどっぷりと浸かった研究者とは異なり、博物館という現場で実際に陶磁器に触れながら鑑識眼を叩き上げていった。そして持ち前の自由な発想と柔軟な指向性から、「林屋メソッド」といわれる独自の審美眼や方法論を構築した。
 東京国立博物館では陳列課陶磁係として、陶磁学者の奥田誠一の下に配属され、若干二十歳そこそこで展示作業、収蔵庫倉での作品調査など経験を積み、さらには『日本の陶磁』(東都文化出版、1954年)の編集を奥田から一任され、写真撮影から編纂のほとんどを手掛けることとなる。後に林屋は陶磁関連の図書を積極的に出版していくことになるが、林屋ほど多くの陶磁全集を手掛けた研究者は現在に至るまでその例を見ない。その関連した陶磁全集は、『世界陶磁全集 全16巻』(河出書房、1955~61年)、『陶器全集 全30巻』(〓凡社、1958~66年)、『日本の陶磁』(中央公論社、1971~74年)、『陶磁大系 全53巻』(〓凡社、1973~78年)、『世界陶磁全集 全22巻』(小学館、1976~86年)、『日本の陶磁-現代編 全8巻』(中央公論社、1992~93年)など枚挙に暇ない。特筆されるのが、『日本の陶磁』(中央公論社、1971~74年)で明らかなように、良質の写真図版、そして秀逸なる図版レイアウトなど、その質の確かさである。器を美しく見せるポイントを熟知した林屋は、陶磁器図録作成の先達的存在であり、彼に育てられた編集者や写真カメラマンは数えきれない。
 さらに林屋が企画した代表的な展覧会としては、中国陶磁・韓国陶磁・日本陶磁の名品が集められた「東洋陶磁器」展(東京国立博物館、1970年)、本格的な日本陶磁の海外展となった「米国巡回 日本陶磁展」(米国四会場で開催、1972年)、そして特別展「茶の美術」(東京国立博物館、1980年)が挙げられる。とくに「茶の美術」は、茶の湯をテーマとする国立博物館で初の企画展で、その点でも大いに話題となった。かつて日本美術史の研究者は茶の湯道具を研究対象と見做さない傾向もあったが、この展観をきっかけに、茶の湯道具の歴史的意義と美術的価値が再認識されることとなる、重要なエポックとなった展覧会であった。
 林屋はその開放的な人柄から、様々な分野の人々と垣根を作らず、幅広い人脈を築いていた。東洋陶磁学会では古窯跡研究の〓崎彰一(1925~2010年)ら考古学者とも交流し、陶磁学の分野に考古学的成果を活かす研究視点を積極的に打ち出している。また、長く理事を務めた日本陶磁器協会(1950年~)においても多くの研究者、コレクター、陶芸家に大いに刺激を与える存在であった。とくに研究者や陶芸家には思ったことは遠慮なくズバリと指摘する怖い教師役であったが、しばしば叱った後に独特の愛嬌のある笑顔を見せる、面倒見の良い「叱り上手」であった。
 日本の陶磁史研究は西欧諸国の影響を受け、大正時代後期に本格的に開始されたと言われる。産学共同で「陶磁器研究会」や「彩壺会」などが結成され、やきものを芸術として鑑賞する「鑑賞陶磁」という概念が確立された。その動きの中心人物の一人が奥田誠一であった。奥田の愛弟子である林屋は、紛れもなくこの近代に確立した鑑賞陶磁研究を現代にまで繋げた、最後の生き証人であった。

出 典:『日本美術年鑑』平成30年版(437-438頁)
登録日:2020年12月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「林屋晴三」『日本美術年鑑』平成30年版(437-438頁)
例)「林屋晴三 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/824211.html(閲覧日 2024-05-27)

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