生賴範義

没年月日:2015/10/27
分野:, (その他)
読み:おおらいのりよし、 Orai, Noriyoshi*

 イラストレーターの生賴範義は10月27日、肺炎のため死去した。享年79。
 1935(昭和10)年11月17日、兵庫県明石市に生まれる。45年明石の大空襲に遭い、鹿児島県川内市(現、薩摩川内市)に移住。54年東京藝術大学美術学部絵画科へ入学し油画を専攻、ミケランジェロに心酔し、人物のデッサンと油絵に没頭するも、三年で中退。アルバイトをしながら油絵を描き続けていたが、62年、結婚を機に企業の社内報や新聞広告のカットの仕事を開始。次第に出版社から本や雑誌の表紙画や挿絵の依頼も増え、映画のポスター等も手がけるようになる。71年よりSF作家の平井和正、翌72年より小松左京の『復活の日』(早川書房日本SFノヴェルズ版、1972年)をはじめとする小説の装画の多くを担当、その迫力溢れる卓越した画力について、小松は「日本の近代絵画が、あまりに性急な「開化」の国策にそってヨーロッパの「もっとも進んだ」絵画の技法をいれたために、かえって導入しそこねた「ヨーロッパ絵画の伝統」の一つを、いま生賴さんが、SF画の形で私たちの社会に導入しつつあるのではないか」(『イラストレーション』9、1981年)と語っている。73年には母の郷里である宮崎県宮崎市に居を構え、同地で制作に励む。80年、「スター・ウォーズ 帝国の逆襲」の国際版ポスターが世界的に注目され、日本SF大会において第11回星雲賞(アート部門)を受賞。同年初めての作品集となる『生賴範義 イラストレーション』(徳間書店)を刊行、その中で自らを「生活者としての」「肉体労働者」と称したが、この頃より仕事量は加速度的に増え、88年には装画を担当した書籍が一年間で100点を超えるほどであった。この間、84年には映画「ゴジラ」のためにポスターを描き、2005(平成17)年の「GODZILLA FINAL WARS」まで9作品の宣伝ポスターを手がける。11年に脳梗塞を発症し、療養生活を送ることになるが、14年には宮崎市のみやざきアートセンターで初の大規模な展覧会「生賴範義展 THE ILLUSTRATOR」が開催。同年文化庁映画賞(映画功労部門)を受賞。没後も明石市立文化博物館(2016年)、大分市美術館(2017年)、上野の森美術館(2018年)で巡回展が開催されている。

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出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(557頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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