長岡秀星 (ながおかしゅうせい)

没年月日:2015/06/23
分野:, (その他)

 宇宙やSFをイメージした作品で国際的に活躍したイラストレーターの長岡秀星は6月23日午前1時59分、心筋梗塞のため神奈川県小田原市の病院で死去した。享年78。
 1936(昭和11)年11月26日、長崎県長崎市に生まれる。本名秀三。45年に父の出身地である長崎県壱岐へ疎開し、以後高校卒業まで同地で過ごす。高校3年の時に原子力飛行機の分解図を描いて小学館発行『中学生の友』の口絵に投稿、採用される。55年武蔵野美術学校(現、武蔵野美術大学)デザイン科に入学。在学中から百科事典の解説図等に才能を発揮、多忙となり一年で中退・独立する。70年大阪万国博覧会で展示用イラストレーションを担当。同年渡米し、カリフォルニアを拠点に活動。73年カーペンターズの「ナウ・アンド・ゼン」LPレコードのジャケット画が評判を呼び、アース・ウインド&ファイアー等のミリオンセラーレコードを担当、東洋の神秘を漂わせた幻想的ファンタジーの画風で一躍有名になる。一方で面相筆とエアブラシを駆使して描き上げる作品の精巧さから、NASAをはじめ自動車、航空会社等よりメカニカル・イラストレーションの依頼も殺到した。76年『ローリングストーン』誌最優秀アルバムカバー賞、77年国際イラストレーション展優秀賞を受賞。日本でもその人気は高まり、81年に新宿伊勢丹で「長岡秀星展」が開催、10万人を動員。84年には絵物語『迷宮のアンドローラ』(集英社)を出版、そのイメージソングをアイドルの小泉今日子がリリースし、話題となる。85年に茨城県筑波で開催された科学万博で、日本政府出展のテーマ館の映像表現を担当。2004(平成16)年に帰国。90年代頃より宇宙をテーマとしたSF絵物語の大作「アナバシス」に着手し、晩年にはほぼ完成させていたという。作品集に『長岡秀星の世界』(日本放送出版協会、1981年)、『長岡秀星の世界・PART2』(日本放送出版協会、1985年)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(543頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年01月23日 (更新履歴)
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