山﨑一雄

没年月日:2010/04/10
分野:, (学)
読み:やまざきかずお

 学士院会員で名古屋大学名誉教授、無機化学者で文化財科学研究者の山﨑一雄は心不全のため4月10日に死去した。享年99。1911(明治44)年3月15日に名古屋で生まれ、1930(昭和5)年に旧制大阪高等学校を卒業した後、東京帝国大学理学部化学科に進み、後に日本学士院長となる柴田雄次教授の下で研究を行う。33年に卒業し、2年間大学院に進んだ後、35年に副手、翌36年から41年まで助手をつとめた。この間に39年に設置された法隆寺金堂壁画保存調査会に、委員である柴田と共に調査員として参加し、壁画の顔料分析を行った。これを始まりとして、以後、文化財の顔料分析に係わるようになる。またこの頃に、当時東京帝国大学文学部の学生として平等院鳳凰堂壁扉画を研究していた秋山光和と知り合い、互いに協力して研究を行うようになった。山﨑は新設された名古屋大学理工学部に41年に助教授として赴任した。翌42年には東京帝国大学を定年退官した柴田が理工学部から新しくできた理学部の学部長として赴任した。43年に理学部教授となる。大学では専門である無機化学(錯体化学)の研究を行うと同時に、法隆寺金堂壁画の顔料分析を続け、名古屋に移って奈良が近くなったこともあり、戦中から戦後までの交通が困難な時代に合計すると百回近く、大半が私費で現地に通ったと対談の中で述べている(「先学訪問01」2005、学士会)。金堂壁画は49年1月26日に火災にあったが、山﨑はすぐに現場に駆けつけ火災後の調査に参加し、火災後の壁画顔料の分析を行った。その報告では、火災によって赤色の朱は分解して水銀は消失し、鉛丹は一酸化鉛になって黄色に変色したが、ベンガラは不変であったなどと生々しい被災の様子が述べられて、貴重な分析結果となっている。この頃に山﨑が利用していた分析方法はほとんどが微量定性分析で、その他に発光分光分析を用いていた。法隆寺金堂壁画の調査の後、山﨑は装飾古墳や平等院鳳凰堂、醍醐寺五重塔などの調査を行い、特に醍醐寺五重塔の共同研究(高田修編『醍醐寺五重塔の壁画』吉川弘文館、1959年)では、60年に高田修柳澤孝などと共に日本学士院賞(恩賜賞)を受賞した。山﨑の広い時代に渡る顔料分析により、わが国では白色顔料として、初期に白土が用いられ、平安時代頃には鉛白を用い、室町時代頃からは胡粉が用いられるようになったというおおまかな変遷が明らかになった。山崎は戦後始まった正倉院の宝物調査においても調査員として活躍した。最初に関わった調査は薬物の調査で、その後の正倉院宝物特別調査では、密陀絵、絵画、ガラス、陶器、石材などの調査に参加した。中でも密陀絵の調査の際には、明治時代から漆絵か密陀絵か議論になっていた法隆寺の玉虫厨子を調査し、須弥座の捨身飼虎図に紫外線をあてたところ部分的に蛍光が見えたことから、一部に油を用いた密陀絵であろうと判断している。この当時の密陀絵の調査では、紫外線による蛍光の有無と色だけしか材料を判断する方法がなかったので、予想される各種の顔料を漆、荏油、膠などでといてあらかじめ各種の手板を作り、それに紫外線を当てて出てきた蛍光を調査対象と比較している。この実験結果は、その後も密陀絵かどうか判断する時の基礎資料となった。山﨑の研究は絵画だけでなく、陶器、ガラス、金属など広い分野に及び、それらの成果は87年に出版された『古文化財の科学』(思文閣出版)に詳しくまとめられている。74年に名古屋大学を定年退官して名誉教授となり、82年に勲二等瑞宝章を受章、88年に国際文化財保存学会(IIC)のフォーブス記念賞を受賞する。翌1989(平成元)年に、無機化学だけでなく文化財科学への貢献も評価されて、日本学士院会員に選定された。山﨑は優れた無機化学者としてわが国の文化財科学の成立と発展に大きく貢献しただけでなく、文化財科学に関する学会の発足や発展に力を尽くした。1948年には古文化資料自然科学研究会(現、一般社団法人文化財保存修復学会)の会員として、82年には日本文化財科学会の初代会長としてそれらの発足に関わり、国際文化財保存学会(IIC)では副会長として、文化財保存・修復に関わる国際学会大会をわが国で初めて88年9月に京都で開催するなど、広く国内外で文化財科学の発展に尽くした。また山﨑は若いときから会合などの細かいメモを丁寧に残していたので、多くの関係者が物故した後にも、確かな記憶とそれらのメモを元に学会誌などに文化財科学の黎明期について度々記し、それらの記事は文化財科学の始まりから発展の歴史を語る貴重な記録となっている。ほぼ百年にわたった山﨑の生涯は、その足跡そのものがわが国の文化財科学の歴史といえる。

出 典:『日本美術年鑑』平成23年版(432-433頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「山﨑一雄」『日本美術年鑑』平成23年版(432-433頁)
例)「山﨑一雄 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/28486.html(閲覧日 2024-07-17)

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