真野満

没年月日:2001/07/01
分野:, (日)

 日本画家で日本美術院評議員の真野満は7月1日、老衰のため死去した。享年99。1901(明治34)年9月27日、東京浅草に生まれる。父は河鍋暁斎門下の日本画家真野暁亭で、兄松司も日本画家の道を歩んでいる。15、6歳の頃一時、尾竹竹坡に絵の手ほどきを受ける。1918(大正7)年太田聴雨、小林三季の結成した青樹会に参加し、第1回青樹社展に「凝視」を出品。その後22年第一作家同盟に青樹社の一員として参加し、第一回展に歴史画を出品したが、この同盟は数年にして解散となる。その後父の勧めで京都市立絵画専門学校に進み1927(昭和2)年卒業。再び上京して37年安田靫彦に師事、翌38年第25回院展に「貴人愛猫」が初入選した。41年第28回院展「七おとめ」が日本美術院賞第三賞を受賞、また40年より法隆寺金堂壁画の模写に文部省嘱託として従事し、中村岳陵の班で五号壁を担当した。戦後、『源氏物語』や『伊勢物語』などの平安文学に材をとり、52年第37回院展「小墾田宮」、54年第39回「伊勢物語」、55年第40回「泉(伊勢物語)」が奨励賞を受賞。57年第42回「羽衣」が再び日本美術院賞となり、同年日本美術院同人に推挙された。71年第56回院展「伊勢物語」が文部大臣賞、80年第65回「後白河院と遊女乙前」は内閣総理大臣賞を受賞する。一貫して神話や文学、歴史画にモティーフを求め、師靫彦の伝統を継ぐ流麗にして明快な筆線の美しさを基調とした作品を発表。78年より日本美術院評議員をつとめる。1991(平成3)年には「大和絵六十年の歩み 真野満展」が日本橋三越で開催された。

出 典:『日本美術年鑑』平成14年版(242頁)
登録日:2014年10月27日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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