堀井英男

没年月日:1994/10/20
分野:, (版)

日本版画協会会員の銅版画家堀井英男は10月20日午前10時36分、肺がんのため東京都府中市の病院で死去した。享年60。昭和9(1934)年5月13日茨城県行方郡潮来町上町109に生まれる。茨城県行方郡潮来町立小学校、同町立中学校を経て同25年県立潮来高校普通科に入学。在学中に東京美術学校出身者である後藤市三教諭に油絵を学ぶ。同28年同校を卒業し、翌21年文化財保護委員会(現、文化庁)庶務課に勤務する。同萩原英雄に師事し版画に興味をいだく。同30年、勤務のかたわら東京鴬谷・寛永寺坂美術倶楽部に通い絵画を学ぶ。同31年文化財保護委員会を退職して同年4月より東京芸術大学油画科に入学。同35年、同科を卒業して同大学院に進学する。同年既成の画壇に疑問をいだき、グループを結成。翌36年3月、東京芸術大学大学院を中退し、同年4月より東京都中央区月島第三中学校図工科講師となる。同37年私立立正高校美術科教諭となるが同40年3月画業に専念するために退職。同41年より油絵のかたわら独学で銅版画の制作を始める。同42年第35回日本版画協会展に「仮装No.3」「仮装No.1」「仮装No.8」で初入選。「仮装No.8」は日本版画協会賞を受賞。同年同会会友に推され、翌年同会会員となる。同44年第8回ユーゴスラヴィア国際グラフィックアート・ビエンナーレ(リュブリアナ近代美術館)に出品。同年オーストラリアのメルボルンで個展を開催。同45年第3回クラコウ国際版画ビエンナーレに出品するなど国際的に活躍。同47 年詩画集『夢のそとで』 (黒田三郎詩・堀井英男版画)をプリント・コレクターズ・サロンより刊行。同48年版画集『水のさと』(白興出版)刊行。同51年高沢学園・創形美術学校版画科主任となる。同53年12月、詩画集『死の淵より』(高見順詩・堀井英男版画)がプリント・アートセンターから刊行され、同書発行記念「堀井英男新作展」を銀座松屋で開催。同60年11月、私学共催海外派遣研修旅行でパリ、ミュンヘンなどを中心に1ヶ月滞欧。その後、平成元(1989)年パリ国立美術学校・倉形美術学校の交換展のためパリへ、翌2年4月中国へ、同年11月及び同3年6月イタリアへ赴く。同3年4月創形美術学校校長となる。また昭和57年より金沢美術工芸大学で非常勤講師をつとめた。

出 典:『日本美術年鑑』平成7年版(356頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「堀井英男」『日本美術年鑑』平成7年版(356頁)
例)「堀井英男 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10567.html(閲覧日 2024-10-10)

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