井口安弘

没年月日:1990/11/12
分野:, (美,関)

20数年間にわたってアメリカ・マサチューセッツ州ボストンのボストン美術館で美術品の保存修復に携わってきた同美術館東洋部保存修復室長井口安弘は、現地時間の11月12日午前4時、心臓マヒのため、マサチューセッツ州ブルックラインの自宅で死去した。享年59。昭和6(1931)年3月6日兵庫県尼崎市に生まれる。14才で京都に出て、おじの山川文吾に表具と文化財修理を学ぶ。15年の修業ののち、昭和36年独立。この間、平泉中尊寺の中尊寺経をはじめ、高山寺、南禅寺、本願寺、知恩院、三井寺、高野山、宗像神社、太宰府天満宮など多くの社寺の国宝、重文級の絵画、書籍類の修復に携わり、表装装潢師連盟に所属した。昭和38年ボストン美術館東洋部長の富田幸次郎、ロバート・トリート・ペイン・ジュニアの招請により、同美術館東洋部の保存修復室に室長(conservator)として就任。以後、没時まで20数年にわたって、ボストン美術館の東洋美術品の保存修理にすぐれた手腕を発揮した。昭和47年、ボストン美術館がその所蔵品を日本でも公開するようになって以降、それら優品に施された完璧ともいえる保存の手腕は、広く日本でも知られるようになり、63年宇野宗佑外務大臣から外務大臣表彰を受けている。この間、49年には、アメリカ芸術奨励基金The National Endowment for Artsの許可を得て、台湾の故宮博物院で絵画の伝統的な修復と表装の技術を研究した。近年では、同美術館に収蔵されていた北斎や広重の浮世絵版木の確認と、その日本での展覧会開催にも大きく貢献した。自己に妥協を許さない厳しい仕事と経験に基づく幅広いアドバイスは、多くの人々の尊敬を集め、彼が好んだ民謡とユーモアのセンスは、多くの友人を生んだ。当研究所の研究員をはじめ、アメリカに渡った日本の研究者で彼の厚誼を受けた者も多い。ボストン美術館では平成2年秋、東洋部創設100周年を迎えて大規模な記念展が開催され、また、翌3年には日本でボストン美術館やフェノロサらを紹介するテレビ番組が数度にわたって放映された。その中で彼の仕事もたびたび紹介されたが、そうした海を渡った優品を支えてきた彼の急逝に、多くの人々の哀悼が寄せられた。

出 典:『日本美術年鑑』平成3年版(321頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「井口安弘」『日本美術年鑑』平成3年版(321頁)
例)「井口安弘 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10500.html(閲覧日 2024-03-29)
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