伊藤勉黄

没年月日:1992/08/20
分野:, (版)
読み:イトウ, ベンオウ*、 Ito, Ben’o*

 国画会、日本版画協会の会員であった版画家伊藤勉黄は8月20日午前2時10分、肺炎のため静岡市の病院で死去した。享年75。大正6(1917)年1月5日、静岡県志太郡に生まれる。本名勉。国学院大学に学ぶ一方、版画を独習し、昭和10(1935)年第6回童士社創作版画展に出品する。同14年上海に渡り、同21年帰国。この間、玄黄展、全上海展に出品を続けた。同21年静岡県版画協会を結成。同24年、第17回日本版画協会展に初出品し根市賞を受賞。同25年第24回国画会展に初出品し褒状を受賞。同26年日本版画協会会員となる。同28年第27回国画会展に「窓」「蝶」を出品して国画奨励賞を受け同30年会友に推される。同31年第30回同展に「積み上げた町」「DIMANCHE」「露天商」を、翌年第31回同展に「圏外の夜」「十代」「祈りの時間」を出品して2年連続して会友優作賞を受賞。同34年同会会員となる。また、同32年アメリカ・シカゴ現代日本版画選抜展、同33年ボストン・プリントメーカーズ展、グレンヘン国際版画トリエンナーレ、同34年ポーランド・クラコウ・ビエンナーレ、同36年アメリカ・プリント・ソサエティ主催全米版画展等、国際展にも数多く出品した。同43年、木版と亜鉛版を併用する新技法により我自の画風を打ち出す。同52年『伊藤勉黄版画集』を出版。同56年池田20世紀美術館で柳沢紀子と版画2人展を開催した。郷里静岡の美術振興に尽力し、同51年同県美術家連盟副会長に選任され、同55年同県芸術文化功労者として知事表彰を、同57年には文部大臣表彰を受けた。

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出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(322頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「伊藤勉黄」『日本美術年鑑』平成5年版(322頁)
例)「伊藤勉黄 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10358.html(閲覧日 2021-01-27)
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