熊谷紅陽

没年月日:1992/03/14
分野:, (工)

 遠州七窯のひとつ赤池町・上野焼窯元第15代で、茶陶作家として知られた熊谷紅陽は、3月14日午前9時20分、急性肺炎のため北九州市小倉南区の病院で死去した。享年80。明治45(1912)年2月13日、福岡県田川郡赤池町上野に、上野焼第14代窯元熊谷龍峰を父として生まれる。本名保正。昭和4(1929)年佐賀県立有田工業学校を主席で卒業し、以後父のもとで家業に従事。同18年軍の命により北満で製陶を始める。同20年10月、朝鮮半島より帰国して再び家業につく。同28年全国陶磁コンクールで受賞。同39年日本伝統工芸展に入選し、以後平成3年まで毎年同展に出品した。また日本陶芸展にも出品し、昭和60、62年、平成1、3年には同展無鑑査となった。茶陶、特に茶入れの作家として知られ、唐ものの第一人者とされた。古典的成形、簡素な釉の文様により、緊張感と古雅な趣をあわせもつ作風を示した。

出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(313頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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