難波専太郎

没年月日:1982/03/16
分野:, (評)

 美術評論家連盟会員、元美術雑誌「美術探求」主宰者の美術評論家難波専太郎は、3月16日心不全のため東京都大田区の都立荏原病院で死去した。享年87。明治27(1894)年4月18日岡山県吉備郡に生まれ、大正10年東洋大学文学部支那哲学科卒業後、朝鮮総督府京城中学校教諭となり、同13年鉄道従業員養成所に転じ、側ら朝鮮鉄道読本編纂刊行常任幹事となる。昭和6年帰京し、評論家千葉亀雄に師事、また平凡社に3年間勤務したのち旧制東京中学校等で教鞭をとり、この間、雑誌「文学探求」を主宰する。戦後の同22年7月雑誌「美術探求」を創刊、同49年5月まで27年間発行し美術評論活動に専念する。近代日本画家に関する著書も多く、『横山大観』(昭和29年)『川合玉堂』(同30年)『松林桂月』(同33年)『前田青邨』(同35年)『堅山南風』(同41年)『下村観山/川合玉堂』(共著、同51年)などがある。

出 典:『日本美術年鑑』昭和58年版(270頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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