大森啓助

没年月日:1987/03/31
分野:, (洋)

 国画会会員の洋画家大森啓助は3月31日午前零時48分、心不全のため、東京都杉並区の河北総合病院で死去した。享年89。明治31年(1898)年3月15日、神戸市に生まれる。本名多満四郎。大正9(1920)年関西学院高等部を卒業して上京し、金山平三に師事しつつ川端画学校に通う。同15年、フランスへ留学し同年のサロン・ドートンヌに初入選する。サロン・ザンデパンダンなどにも出品し、昭和7(1932)年、欧州巡遊を経て帰国する。同8年第11回春陽会展に「團樂」ほか10点を初出品。同9年同展に「裸婦」ほかを出品して春陽会賞を受賞し同会会友となる。同11年春陽会を退会して国画会に入会。同12年再び渡欧し1年間滞在する。同18年国画会会員となる。装飾的な人物像を得意とし、師金山と同じく歌舞伎絵を描くことでも知られる。文筆もよくし、訳書にモロオ・ヴォチェー著『絵画』(昭和17年)、J・G・グーリナ著『画家のテクニック』(同26年)、著書に『ヴァン・ゴッホ』(同24年)、『印象派の話』(同27)年などがあるほか、随筆にも筆をふるった。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(329頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「大森啓助」が含まれます。
to page top