菅沼金六

没年月日:1988/09/09
分野:, (洋)

一水会常任委員、日本水彩画会会員の洋画家菅沼金六は、9月9日午後6時45分、急性心不全のため東京都千代田区の東京警察病院で死去した。享年84。明治37(1904)年7月1日、東京に生まれ、東京高等工業学校附属徒弟学校電気科を経て日本大学社会科に学び、電気技術者としてディスプレイ用照明を手がけ、ディスプレイ・デザイン、グラフィック・デザインのスタジオを経営。昭和8年シカゴ万国博覧会に際し日本からの出品物展示場の設計、施工を依嘱されて渡米し、同会閉会後もシカゴにとどまって、同地にあるアメリカン・アカデミー・オブ・アートに学び、同11年卒業する。帰国後、15年より一水会に出品し、21年会員に推される。24年より日本水彩展に出品して会員となり、28年第9回日展に「バレースタヂオにて」で初入選。以後同展に出品を続け、32年第13回日展に「白鳥の踊り子」を出品して岡田賞を受賞する。35年一水会委員となる。昭和30年代にはバレリーナを主なモチーフとし、その後も室内の女性像を明るい色彩で描くのを得意とした。

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(268頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「菅沼金六」『日本美術年鑑』平成元年版(268頁)
例)「菅沼金六 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10048.html(閲覧日 2024-04-19)

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