古賀忠雄

没年月日:1979/06/10
分野:, (彫)

 日本芸術院会員、日展顧問、日本彫塑会理事の彫刻家古賀忠雄は、6月10日急性心不全のため東京板橋区の日大付属病院で死去した。享年76。1903(明治36)2月3日佐賀市に生まれ、県立有田工業図案絵画科を卒業し東京美術学校彫塑科に入学、1930年卒業する。在学中の29年、帝展第10回に「仏心」が初入選、39年文展第3回に「岬の男」で特選を受け、翌年文展無鑑査となる。この間、東邦彫塑院展に「マドロスの首」を出品し文化奨励賞を受ける。42年陸軍美術協会展(決戦美術展)に「独立ビルマの像」で朝日新聞社賞を受賞、43年第5回文展出品作「建つ大東亜」で帝国芸術院賞を受ける。戦後も日展に出品し、48年第4回日展で最初の審査委員をつとめ、「夏の作」(政府買上)を出品する。54年日展参事、58年評議員、67年理事、68年常任理事、78年顧問となる。また、64年日本彫塑会委員長、66年日本陶彫会副会長、74年会長に就任。この間、67年に日本芸術院会員となる。65年「古賀忠雄彫刻展」(松坂屋)、67年「デッサンと彫刻小品展」(三越)、69年「古賀忠雄陶塑作品展」(三越)を開催する。73年勲三等瑞宝章を受章する。出品作の他、「森の幻想」(74年、佐賀市森林公園)「日本医学発祥記念像」(同年、大分)、「想」(76年佐賀県総合グランド)などのモニュメントがあり、76年には10米にも及ぶ「現代を見つめる西郷隆盛像」の原型を完成した。没後、81年4月佐賀県立博物館で回顧展が開催された。

作品略年譜
昭和4年 帝展10回「仏心」(初入選)
昭和7 帝展第13回「丘」
昭和8 帝展第14回「秋麗」
昭和9 帝展第15回「淵」
昭和13 文展第2回「工場の老夜警夫」
昭和14 文展第3回「岬の男」(特選)
昭和15 奉祝展「新鉱開発」(無鑑査)
昭和16 第2回聖戦美術展「独立ビルマの像」(朝日新聞社賞)
昭和17 文展第5回「建つ大東亜」(無鑑査、帝国芸術院賞」
昭和19 文展戦時特別美術展「闘魂沸る」
昭和20 日展第1回「農夫」
昭和21 日展第2回「街で拾った男」
昭和22 日展第3回「黙想」(招待)
昭和23 日展第4回「夏の作」(審査員)
昭和24 日展第5回「哀情」(依嘱)
昭和25 日展第6回「黙行」(依嘱)
昭和26 日展第7回「鶏舎の朝」(審査員)
昭和27 日展第8回「知多の漁夫」(依嘱)
昭和28 日展第9回「男」(依嘱)
昭和29 日展第10回「漁夫三想」(参事)
昭和30 日展第11回「山を呼ぶ」(参事)
昭和31 日展第12回「伸よ次代」(参事、審査員)
昭和32 日展第13回「未完記」(参事)
昭和33 新日展第1回「シャモと男」(評議員、審査員)
昭和34 日展第2回「星牛の坐」(評議員)
昭和35 日展第3回「呆心」(評議員)
昭和36 日展第4回「生きる」(評議員、審査員)
昭和37 日展第5回「二つのみち」(評議員)
「敗戦から立ち上がる日本」(読売ランド)
昭和38 日展第6回「幻想」(評議員)
昭和39 日展第7回「詩」(評議員)
昭和40 日展第8回「限界」(評議員)
昭和41 日展第9回「思」(評議員)
昭和42 日展第10回「圧」(理事、審査員)
昭和43 日展第11回「太陽を知る男」(理事、審査員)
昭和44 日展改組第1回「間」(理事)
昭和45 日展第2回「自然へ帰れ」(理事、審査員)
昭和46 日展第3回「草原を行く」(理事、審査員)
昭和47 日展第4回「農場の朝」(理事)
昭和48 日展第5回「団欒」(理事、審査員)
昭和49 日展第6回「晴間を待つ」(理事、審査員)
「森の幻想」(佐賀市森林公園)
昭和50 日展第7回「浴後」(理事、審査員)
昭和51 日展第8回「猫と女」(理事)
「想」(佐賀総合グランド)
昭和52 日展第9回「飛」(とぶ)(理事、審査員)
昭和53 日展第10回「異国の女」(顧問)

出 典:『日本美術年鑑』昭和55年版(283-284頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「古賀忠雄」が含まれます。
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