福井利吉郎

没年月日:1972/12/01
分野:, (学)

 東北大学名誉教授福井利吉郎は、12月1日、脳出血のため東京都三鷹市の自宅で逝去。享年86歳。明治19年3月10日、岡久一郎の次男として岡山県児島郡に生れ、明治37年大阪府福井彦次郎の養子となり、天王寺中学・第一高等学校を経て、明治43年7月京都帝国大学文科哲学科を卒業した。爾来60余年美術史家として活動したが、その活動は、研究成果の発表による純学究的寄与、大学教授としての教育上の貢献、文化財保護事業に対する献身の三方面に亙り、それらは緊密に連関している。
 明治44年、平子鐸嶺の後任として内務省古社寺保存計画調査を嘱託され、昭和43年に文化財保護審議会専門委員の再任を辞退するまで、文化財の調査・指定・保存に尽瘁すること半世紀余に及んだ。内務省就職以来、上司であった中川忠順の薫陶を受けたが、このことと、古社寺保存会委員であり養父の同窓であった岡倉覚三に親灸したこととは、美術史家としての研究態度と学風形成に多大の影響を与えたものと思われる。王朝美術史論を卒業論文として学窓を出てから、研究の主題は、仏教美術、光琳・宗達・乾山、絵巻物、水墨画と多方面に及んだが、それらの研究は、犀利な構想力と透徹した全体観に支えられ、日本美術史の体系構成をめざしたものであった。また欧米人の日本に関する研究業績を重視し、日本美術の国際的理解を計り、現代美術にも深い関心を示して、展覧会批評を新聞に寄稿した。講壇において後進を教導することきわめて厳格であったが、イギリス在留中、小林古徑・前田青邨に嘱し、東北大学のために伝顧愷之筆女史箴図巻の模本を作成したことは、他に類例の少い教育研究上の貢献といえよう。
略歴
明治43年9月12日 京都帝国大学文科大学副手
明治44年9月26日 内務省古社寺保存計画調査嘱託

出 典:『日本美術年鑑』昭和48年版(90-92頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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