大河内信敬

没年月日:1967/12/01
分野:, (洋)

 新樹会、光風会、日展会員の大河内信敬は、12月1日東京女子医大附属病院でりんぱせん肉しゅのため死去した。享年64才号清水丁三。明治36年8月21日東京下谷に大河内正敏の次男として生れ、昭和3年明治大学商科を卒業した。大正7、8年の頃水彩画を板倉賛治に、版画を小泉癸己男に学び、また太平洋画会研究所で岡田三郎助に教えをうけた。昭和5、6年の頃、本郷絵画研究所で寺内万次郎の指導をうけた。同8年「画室の一隅」が第14回帝展に初入選し、以後引続き約10年程を官展に出品した。昭和12年渡欧し、欧州各地の美術を視察して1年後帰国した。その後伝統芸術に関心をもち、花道、茶道、盆石などを学びまた庭園にも深い興味をもった。昭和15年光風会々員となり、この年渡支した。昭和22年朝井閑右衛門らと新樹会を結成し、以後毎年出品し、昭和43年開催の同展には遺作十数点が陳列された。尚同展のほか、光風会、日展にも出品していた。
 主要作品「苔寺石庭」(第4回文展)「春雪の丘」(昭和38年)「雪後」(昭和39年)「冬の丘」(昭和40年)。

出 典:『日本美術年鑑』昭和43年版(152頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「大河内信敬」が含まれます。
to page top