畑正吉

没年月日:1966/06/24
分野:, (彫)

 我国彫刻界の耆宿、畑正吉は6月24日三鷹市の自宅で病没した。享年84才。明治15年2月12日富山県高岡市に生まれた。同39年東京美術学校彫刻科を卒業し、翌年から農商務省海外練習生として滞欧留学3ケ年。帰国の翌44年第5回文展に「歳三十」が入選し、第7回文展では「某人肖像」で褒状をうけ、帝展の初期までは毎回入選。大正2年東京美術学校教授となり、奉職したが、大正9年文部省から1カ年の欧米留学を許された。帰国後の同11年、東京高等工芸学校教授に転任し、以来昭和16年まで本官に任じ、なお講師として長年同校の教職にあった。一方、造幣局、賞勲局の嘱託となり、昭和20年辞任するまで多くの記念メダル彫刻の製作にたずさわった。それらのうちでも殊に薄肉彫の長技を存分に発揮し、佳作も多い、終始官展に作品を発表し、昭和6年には帝国美術院の推薦となった。日本彫刻家連盟、能美会会員を経て、戦後は日本彫塑会会員として、同展及び日展に随意出品していた。特に晩年は能彫刻に力を注ぎ、昭和28年、30年には能彫個展を開くなど、彫刻団体、能彫会の有力な会員でもあった。学校教授時代の門下生に、寺畑助之丞本郷新ら現在著名作家が多い。

出 典:『日本美術年鑑』昭和42年版(144頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
『日本美術年鑑』に収録されている以下の記事にも「畑正吉」が含まれます。
to page top