長野草風

没年月日:1949/02/06
分野:, (日)

 日本美術院同人の長野草風邪は2月6日横浜市の大橋家別荘で脳溢血のため逝去した。年65。明治18年10月4日東京に生れ、名は守敬、維新の閣老安藤信正の孫にあたり、5才頃母方の大叔母長野家の養子となつた。14才頃から邨田丹陵につき、20才頃川合玉堂に師事、草風と名のる。紅児会に入つて研究すると同時に、文展に出して早くもみとめられ「六の華」(1回)は3等賞、「朝と夕」(7回)は褒状となつた。大正3年院展再興とともにこれに参加し、同5年9月同人に推された。以後院展を舞台として活躍、大正12年、14年には支那旅行を企て画嚢を肥している。代表作には大正15年聖徳太子奉讃展の「高秋霽月」などがあげられる。

出 典:『日本美術年鑑』昭和22~26年版(139頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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