吉田遠志

没年月日:1995/07/01
分野:, (版)

 日本版画協会会員の版画家吉田遠志は、7月1日午前7時20分、前立腺がんのため東京都世田谷区の福原病院で死去した。享年83。明治44(1911)年7月25日、洋画家吉田博、吉田ふじをを両親として東京市本郷動坂町100番地に生まれる。暁星中学校を卒業し、同舟舎デッサン研究所、太平洋美術学校に学ぶ。また、13歳のころから父に木版画を学び、15歳ころから本格的な制作に入る。昭和5(1930)年、父とともにインド、ピルマ、マレーシアなど東南アジアを写生旅行。同11年には中国東北部、朝鮮半島を父とともに訪れる。同13年太平洋画会に初入選し以後同展に出品を続ける。戦後は同22年日展に「浅海の陽光」を出品。またアンデパンダン展にも出品する。同25年太平洋画会を退会してプラス美術家群を創立。翌年日本版画協会会員となる。同27年ニューヨークのジャパン・ソサエティーの協力を得て、アメリカ各地で講演、伝統的木版画の技法紹介、展覧会などを行ったのち、欧州へ渡る。同29年弟で洋画家の穂高を伴い米国各地で講演会、展覧会を開催。のちキューバ、メキシコへ渡る。同41年以後、しばしば渡米して木版画の講演会、展覧会を開催。同48年東アフリカを訪れ、以後動物をモティーフとする版画を主に制作。後にインド、オーストラリア、南極などへも旅行して各地の野生動物を描く。同55年長野県北安曇郡美麻村の小中学校の旧校舎を利用して「美麻文化センター」を創設し、木版画、ガラス細工、陶器などの技術指導の場とする。同57年より絵本「野生動物シリーズ(アフリカ)」の出版を始め、『はじめてのかり』で、同57年イタリア・ボローニア国際児童書フェスティヴァルでエルバ賞、『あしおと』で同63年フランスのアミアン市文化交流賞を受賞。同シリーズにより絵本にっぽん賞を受賞している。

出 典:『日本美術年鑑』平成8年版(322頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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