赤堀信平

没年月日:1992/12/21
分野:, (彫)

 彫刻家で日展参与の赤堀信平は、12月21日急性心不全のため福岡県春日市の福岡徳洲会病院で死去した。享年93。号に苔石。明治32(1899)年3月15日現在の福島県いわき市に生まれる。太平洋美術学校から東京美術学校彫塑別科へ進み、朝倉文夫に師事、大正14年まで同校に学ぶ。在学中の同10年、第3回帝展に「御灯」で初入選し、以後同展に出品を続け、同14年の第6回帝展の「地に立ちて」から、翌年の第7回展「大地を行く」、さらに昭和2年の第8回展「空」で三年連続特選を受けた。同14年には初めて新文展の審査員をつとめる。この間、聖徳太子奉讃美術展などへも出品した他、東京・上野公園内の五条天神社の狛犬などを制作する。また、同10年、東邦彫塑院会員となる。戦後は日展に所属し、会員、評議員をつとめたのち参与となり、しばしば審査員をつとめた。同27年、日展出品の彫刻家による日本彫塑会に会員として参加、同29年には日本美術家連盟会員となる。木彫、塑像とも制作し、肖像彫刻にすぐれ、衆議院内の「尾崎咢堂胸像」(昭和30年)をはじめ、「広池千九郎像」(同38年)などがある。制作は他に「聖観音菩薩像」(京都・高山寺)など。

出 典:『日本美術年鑑』平成5年版(330頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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