丸尾彰三郎

没年月日:1980/07/24
分野:, (学)

 日本彫刻史家、元文化庁文化財保護審議会専門委員丸尾彰三郎は、7月24日午後3時静脈血せん症のため、東京都文京区の自宅で死去した。享年87。1892(明治25)年9月4日岡山県に生まれ、1919(大正8)年東京帝国大学文科大学美学美術史科卒業、21(大正10)年文部省図書館員教習所講師、翌年文部省古社寺保存計画調査嘱託、30(昭和5)年帝国美術院附属美術研究所事務嘱託、その間に東京女子高等師範、東京女子大学、慶応義塾大学の講師をつとめ、32(昭和7)年生涯の事業であった文部省国宝鑑査官となり、46(昭和21)年9月まで任ぜられた。また33(昭和8)年重要美術品等調査委員会委員、36年同幹事、38年より39年にかけてドイツ国へ出張、ドイツ政府より「フェルディンスト・クロイツェル・シュソーファードレル」勲章を受けた。44(昭和19)年には勲六等瑞宝章に叙せられた。
 戦後45(昭和20)年、文部省社会教育局に勤務、翌年文部技官、並びに国宝調査嘱託、48年国立博物館調査員、50年文化財保護委員会事務局美術工芸課に属し、56年退官、翌年文化財専門審議会専門委員、66(昭和41)年勲四等、68年文化財保護審議会専門委員となり74年まで任じた。74(昭和49)年11月勲三等瑞宝章を受章。
 22(大正11)年、文部省古社寺保存計画調査嘱託として就任以来、なお草創期にあった日本全国の社寺の古彫刻を主とする文化財の調査と基礎的研究を行ない、南都七大寺大鏡その他の編著を遂げた業績は大きい。第二次大戦後は文化財専門審議会専門委員として長く国宝指定及び文化財保護に貢献した。日本彫刻史研究の基礎的な調査の成果は「日本彫刻史基礎資料集成」として66(昭和41)年より刊行され、没後も刊行が続いている。下記の主な編著書のほか、国華、美術研究、画説、国立博物館刊行誌、調査報告書等の論文・随筆等は100余を数えることが出来る。
編著書
南都七大寺大鏡 77輯 東京美術学校編(法隆寺は中川忠順著) 大正3年7月~昭和4年2月
観世音寺大鏡 7冊 同上編 昭和4年7月~昭和5年8月
当麻寺大鏡 1冊 同上編 昭和4年5月~昭和5年9月
南都十大寺大鏡 27冊 同上編 昭和7年6月~昭和10年1月
藤原時代の彫刻(特に定朝様式の成立とその製作について) 岩波書店・講座 昭和9年10月
大佛師運慶(日本精神叢書36) 数学局 昭和13年3月
日本国宝精華 日本精華社 昭和26年6月
蓮華王院本堂千躰千手観音像修理報告書 妙法院 昭和32年3月
「鎌倉」の彫刻(鎌倉国宝館論集第1冊) 鎌倉市教育委員会・鎌倉国宝館 昭和32年8月
日本彫刻史基礎資料集成 平安時代・造像銘記篇(共著) 中央公論美術出版社 昭和41年6月~昭和46年2月

出 典:『日本美術年鑑』昭和56年版(257頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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