高光一也

没年月日:1986/11/12
分野:, (洋)

 文化功労者、日本芸術院会員、日展顧問の洋画家高光一也は、11月12日午後4時41分、くも膜下出血のため石川県河北郡の金沢医大病院で死去した。享年79。明治40(1907)年1月4日、石川県金沢市に生まれ、大正14年石川県立工業学校図案絵画科を卒業。小学校教師を経て、昭和4(1929)年第16回二科展に「卓上静物」で初入選。同年より中村研一に師事する。7年第13回帝展に「兎の静物」で初入選し画業に専念する。12年第1回新文展に「藁積む頃」を出品して特選となり、14年第1回聖戦美術展に「叢中忘己」を出品して陸軍大臣賞受賞。21年光風会会員となり、同年金沢美術工芸専門学校(現・金沢美術工芸大学)の創立に参加する。22年第3回日展に「南を思う」を出品して特選となる。27年第38回光風会展に「裸婦」を出品して光風相互賞受賞、28年金沢市文化賞受賞。29年渡欧し翌年帰国する。38年第6回新日展に「収穫」を出品して文部大臣賞受賞。39年再び渡欧する。46年、前年の第2回改組日展出品作「緑の服」などにより日本芸術院賞受賞。48年スペイン、50年ポルトガル、53年サウジアラビア、55年にはフランス、イタリア、ギリシア等を旅行して取材し、得意としていた人物像に異国趣味を導入する。59年石川県立美術館、東京大丸デパートで回顧展を開催。61年文化功労者に選ばれた。また、昭和22年金沢美術工芸専門学校講師となり、以後26年金沢美術工芸短期大学教授、30年金沢美術工芸大学教授となり44年同校を退官して名誉教授となるまで長く美術教育にも尽くした。日展に出品を続け46年日展理事に就任。文筆もよくし、仏教書『生活の微笑』(37年)、『近作画集と歎異鈔ノート』(49年)などを著し、『高光一也自選画集』『高光一也画集』を刊行している。

出 典:『日本美術年鑑』昭和62・63年版(324頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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