田村隆照

没年月日:2018/01/12
分野:, (学)
読み:たむらたかてる

 仏教美術史研究者・京都市立芸術大学名誉教授の田村隆照は、1月12日に死去した。享年92。
 1926(大正15)年2月17日、広島県に生まれる。1951(昭和26)年、高野山大学仏教芸術学科を卒業した。52年より京都市立美術大学(現、京都市立芸術大学)に助手として勤務。60年8月、助手から講師に昇任。69年4月より助教授、72年12月、教授に昇任。1989(平成元)年4月、京都市立芸術大学図書館長に就任した。91年3月、同大学を定年退職し、同年4月に名誉教授の称号を授与される。91年、大阪産業大学に着任。高野山大学、京都府立大学、奈良女子大学、神戸大学、大阪大学、種智院大学で非常勤講師として教鞭を執った。満願寺(奈良県五條市)住職。
 高野山大学で密教美術研究の泰斗・佐和隆研の薫陶を受け、京都市立美術大学に着任以降も、同大で教授を務めていた佐和の傍らで仏教彫刻の研究に励んだ。「石山寺文化財総合調査団」や東寺観智院金剛蔵聖教調査など膨大な密教図像や聖教類の調査に関わる一方で、インドネシアへの美術調査に参加(1964年・67年)、東南アジア地域の仏教美術へと関心を広げていく。81年9月には密教図像学会が発足(初代会長:佐和隆研)、常任委員となる。90年には密教図像学会第3代会長に就任して2期8年を務め、その後も学会顧問として多年にわたって運営に尽力した。88年には石山寺が所蔵する図像集「図像抄(十巻抄)」を原寸カラー図版で刊行(『図像抄:石山寺所蔵十巻抄』法藏館)、2004年には京都市立芸術大学が所蔵する仏画粉本を集成した『仏教図像聚成:六角堂能満院仏画粉本』(京都市立芸術大学芸術資料館編、法藏館)を刊行するなど、密教美術研究の進展に果たした功績は大きい。大阪・叡福寺の文化財調査のほか、インドネシア・インドへの美術調査は数回に及ぶ。84年、第22回密教学芸賞を受賞。04年、瑞宝中綬章を授与される。
 著作に『高野山(カラーブックス33)』(共著、保育社、1963年)、『現代密教講座 第六巻<美術〓>』(共著、大東出版社、1980年)、『図説 真言密教のほとけ』(朱鷺書房、1990年)。主要な論文に「高野山焼失金堂諸像考」(『密教文化』56、1961年、のち『密教大系第11巻 密教美術Ⅱ』法藏館、1994年)、「ボロブドゥル彫刻の周辺」(『佛教藝術』58、1965年)、「定印阿弥陀如来像をめぐる諸問題」(『佛教藝術』65、1967年)、「図像抄 成立と内容に関する問題」(『佛教藝術』70、1969年)、「上の太子叡福寺の寺宝」(『佛教藝術』119、1978年)、「大日如来と失われた密教空間」(『MUSEUM』386、1983年)、「十三仏図像と十王図本地仏―信仰資料の図像学―」(『密教図像』4、1986年)、ほか多数。

出 典:『日本美術年鑑』令和元年版(494-495頁)
登録日:2022年08月16日
更新日:2023年10月16日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「田村隆照」『日本美術年鑑』令和元年版(494-495頁)
例)「田村隆照 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/995601.html(閲覧日 2024-05-21)

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