木村斯光
日本画家木村斯光は、11月10日心筋こうそくのため、京都市の鞍馬口病院で死去した。享年81。本名健吉。明治28(1895)年5月9日京都市に生れ、京都市立美術工芸学校、同絵画専門学校卒業。大正7(1918)年菊池契月に師事した。同10年第3回帝展に「春宵」が初入選し、以後連年入選をつゞけ、第10回展に「牟礼の義経」では特選となり、翌年には無鑑査出品となった。帝展末期の頃には病がちのため出品もなく、その状態が戦後28年までつゞいた。昭和29年第10回日展に「静謐」を出品、第12回展では依嘱出品として「薄暮」を出品した。新日展にも委嘱出品し、「イヤリング」(第1回)、「序ノ舞」(第3回)、「鼓」(第6回)、「応接間の女」(第10回)などがある。昭和44(1969)年日展改組後は出品を止めたが、同48年には「京の百景」(京都府主催)のために「時代祭」を描いている。また昭和26年から29年にわたり東京三越で個展を開催、同42年には悠采会を設立し、京都高島屋で展覧会を開き、10回に及んだ。作品は専ら人物画を描き、ことに美人画を得意とした。主要作に「立華」(第6回帝展、京都市美術館蔵)、「牟礼の義経」(第10回帝展)などがある。
出 典:『日本美術年鑑』昭和52年版(288頁)登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)
引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「木村斯光」『日本美術年鑑』昭和52年版(288頁)
例)「木村斯光 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9616.html(閲覧日 2024-12-05)
例)「木村斯光」『日本美術年鑑』昭和52年版(288頁)
例)「木村斯光 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9616.html(閲覧日 2024-12-05)
以下のデータベースにも「木村斯光」が含まれます。
- ■明治大正期書画家番付データベース
- 1923(大正12) 大正拾弐年度改正東西画家格付表_806936
- 1923(大正12) 大正十二年帝國絵画番付_807086
- 1926(大正15) 増補古今書画名家一覧_807116
- 1926(大正15) 大正十五年版 東洋画家名鑑_807026
- 1927(昭和2) 増補古今書画名家一覧_807121