太田忠

没年月日:1971/04/29
分野:, (洋)

 新制作協会会員の洋画家、太田忠は急性心不全のため、4月29日に広島県三次市の三次中央病院で死去した。享年63才。太田忠は、明治41年(1908)3月2日、広島市に生まれ、大正12年(1923)4月、広島において国鉄に就職、昭和13年三次市に転任、昭和38年(1963)定年退職した。少年時代から絵を好み、勤務のかたわら描き続けていたが、昭和12年ころ、機関車好きの故中西利雄に認められて小磯良平を紹介され、以後、小磯良平の指導をうけ、すすめられて新制作展に出品、昭和13年、新制作派協会3回展に「丘を走る汽車」が初入選、昭和16年6回展「雪景」「牛市場」「発電所の見える雪景」で岡田賞をうけ、同23年12回展に「巨木のある風景」「池畔の森」「道」を出品して新作家賞を受賞、同26年15回展「ガードのある風景」「K村の朝雪」「備後の風景」によって新制作協会15周年賞をうけ、昭和27年、会員に推薦された。そのほか、美術団体連合展1~5回(昭和22~26年)、日本国際美術展(昭和28、30年)、日本現代美術展(昭和29、31年)、秀作展(昭和27年)などに出品、外遊二回、機関士出身の特異な画家として知られた。
作品略年譜(新制作展出品作)
昭和14年 「汽車の見える風景」「鉄橋を走る汽車」
昭和15年 「巨木のある風景」「汽車の走る風景」
昭和17年 「炭屋」「水車小屋」
昭和18年 「雪景」「山村」
昭和21年 「備後の牧場A、B」「雪景」
昭和22年 「小奴可村」「池畔雪景」
昭和24年 「道後山雪景」「小奴可村」「巨木」
昭和27年 「トンネル風景」「橋のある風景」
昭和28年 「工場のある風景」「汽車の見える風景」
昭和34年 「村のサーカス」「農家」「山村」
昭和36年 「山村の秋」「飛騨の山A、B」
昭和37年 「備後の山A、B、C」
昭和39年 「村の遊園地」「雪景」「夕照」
昭和40年 「村の市場」「山村の秋」「雪景」
昭和42年 「雪景暮色」「山村秋景」
昭和44年 「農村の秋A、B」
昭和45年 「農村の秋オーベルニュ地方A」「農村の秋」

出 典:『日本美術年鑑』昭和47年版(82頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「太田忠」『日本美術年鑑』昭和47年版(82頁)
例)「太田忠 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9432.html(閲覧日 2021-08-06)
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