小川千甕
日本画家小川千甕は、2月8日老衰により東京都世田谷区の自宅で死去した。享年87歳。本名多三郎。明治15年10月3日京都市六角通の元禄年間創業の書肆、12代小川多左衛門の次男として生れた。16歳で仏画師の家へ徒弟として入り、また浅井忠に洋画を学んだ。浅井没後京都市立陶磁器試験場技手となり、明治末年に東京に移住し、雑誌の挿絵等もかき、巌谷小波(博文館)のお伽噺などがある。明治45年、3年に渉り欧州諸国を遍歴し、大正3年帰国後二科会創立に参加した。其後作品は南画風表現に傾き、院展にも出品し、昭和17年大東南宗院委員として尽力した。戦後は高島屋、松坂屋等で個展をひらき作品を発表していた。滋味豊かな墨画と書を得意とし、また随筆をよくする。主要作に「游踪集」「炬火乱舞」「群像」等がある。
出 典:『日本美術年鑑』昭和47年版(79-80頁)登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)
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例)「小川千甕」『日本美術年鑑』昭和47年版(79-80頁)
例)「小川千甕 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9345.html(閲覧日 2024-12-03)
例)「小川千甕」『日本美術年鑑』昭和47年版(79-80頁)
例)「小川千甕 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/9345.html(閲覧日 2024-12-03)
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