田畑喜八〔3代目〕
染色家田畑喜八は、12月25日京都市中京区の自宅で脳栓塞のため死去した。享年79歳。明治10年二代目田畑喜八の長男として京都市に生れ、明治24年頃より幸野楳嶺に師事して日本画を修得し、同時に京都府画学校に学んだ。明治28年より竹内栖鳳について邦画独特の毛筆画(運筆画)の研究を行い、一方父より手描友禅染全般の加工々程、技術を仕込まれた。明治31年、三代田畑喜八として家業の手描友禅染を継承して以来、友禅染の第一線で活躍した。友禅染の諸工程中、彼の専門分野は下絵、彩色であつたが、その特色は、晩年に至るまで、堰出し友禅、豆描友禅等過去の画歴を活かした筆意を見せたものが多かつた。昭和28年度無形文化財に選定され、30年度には重要無形文化財技術の保持者として認定された。
出 典:『日本美術年鑑』昭和59年版(322頁)登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)
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例)「田畑喜八〔3代目〕」『日本美術年鑑』昭和59年版(322頁)
例)「田畑喜八〔3代目〕 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8774.html(閲覧日 2024-10-07)
例)「田畑喜八〔3代目〕」『日本美術年鑑』昭和59年版(322頁)
例)「田畑喜八〔3代目〕 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/8774.html(閲覧日 2024-10-07)