井関正昭

没年月日:2017/10/06
分野:, (学)
読み:いせきまさあき

 美術史家で、東京都庭園美術館名誉館長だった井関正昭は10月6日に病気のため死去した。享年89。
 1928(昭和3)年1月25日、横浜市に生まれる。44年、成城中学校5年で広島県江田島市にあった海軍兵学校76期生として入学。47年に家族の疎開先であった福島経済専門学校に入学。50年、東北大学法文学部美学美術史科に入学。53年に同大学を卒業、同年神奈川県立近代美術館の学芸員として採用される。61年に同美術館を休職して、イタリアに私費留学する。翌年帰国、同美術館に復職することなく、国際文化振興会が外務省より運営を委託された新設のローマ日本文化会館(同年開館)の派遣職員に採用され、再びローマに赴任。同文化会館において日本文化を紹介する事業を担当するかたわら、64年、66年のヴェネツィア・ビエンナーレの日本の参加にともないその企画実施を担当した。72年、国際文化振興会が発展解消して特殊法人国際交流基金となり、同基金に勤務することとなり、国際交流事業を担当した。85年、ローマ日本文化会館の館長、ならびに在イタリア日本大使館公使兼務となる。在任中、ヴェネツィア、ケルンで、初めてヨーロッパで日本の近代洋画を紹介する展覧会「近代日本洋画展」を開催した。88年、同基金を定年退職して帰国。同年から94年まで、北海道立近代美術館長を務める。89年には、イタリア政府より文化勲章グランデ・ウフィッチャーレを受賞。また、1989(平成元)年から97年まで、明星大学日本文化学部生活芸術学科主任教授として勤務。97年、東京都庭園美術館の館長となる。同美術館長在職中、「フォンタネージと日本の近代美術展 志士の美術家たち」(1997年)、「ジョルジュ・モランディ展」(1998年)、「デペロの未来派芸術展」(2000年)、「カラヴァッジョ 光と影の巨匠 バロック絵画の先駆者たち」(2001年)など、イタリア美術を紹介する展覧会を企画監修した。2016年に同美術館名誉館長となった。戦後から今日まで、日本とイタリア両国の美術を中心とした文化交流に尽力した美術史家、美術評論家であった。
主要著書:
『画家フォンタネージ』(中央公論美術出版、1984年)
『イタリアの近代美術』(小沢書店、1989年)
『日本の近代美術・入門 1800-1900』(明星大学出版部、1995年)
『Pittura giapponese dal 1800 al 2000』(Skira,Milano, 2001年)
『未来派―イタリア・ロシア・日本』(形文社、2003年)
『私が愛したイタリアの美術』(中央公論美術出版、2006年)
『イタリア・わが回想』(自家出版、2008年)
『点描近代美術』(生活の友社、2011年)

出 典:『日本美術年鑑』平成30年版(455頁)
登録日:2020年12月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「井関正昭」『日本美術年鑑』平成30年版(455頁)
例)「井関正昭 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/824341.html(閲覧日 2024-05-28)

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