堀越千秋

没年月日:2016/10/31
分野:, (洋)
読み:ほりこしちあき、 Horikoshi, Chiaki*

 スペインを拠点に活動した画家の堀越千秋は10月31日、多臓器不全のためマドリードで死去した。享年67。
 1948(昭和23)年11月4日、東京都文京区駒込千駄木町に生まれる。祖父は日本画家滝和亭に師事した画家、父も小学校の図工の教師であった。69年東京藝術大学油画科に入学、田口安男のテンペラ画の授業を受ける。また在学中に解剖学者三木成夫による美術解剖学の講義に感銘を受け、その理論・思想は以後の堀越の画業のバックボーンとなる。73年大学院に進学、その年8ヶ月間にわたりヨーロッパを放浪、とくにスペインの地に魅せられる。プラド美術館ではロヒール・ファン・デル・ウェイデンの「十字架降下」を模写した。75年東京藝術大学大学院油画専攻修了。翌年スペイン政府給費留学生として渡西、マドリードの国立応用美術学校で石版画を学ぶ傍ら、テンペラ画等の様々な技法に挑戦。80年最初の個展をマドリードのエストゥーディオ・ソト・メサで開催。82年に帰国し、日本で初めての個展(東京、セントラル絵画館)を開催。84年にニューヨークに約一ヶ月間滞在、ソーホーでニューペインティングに刺激を受け、制作上の転機となる。奔放な筆致と明るい色使いで、抽象と具象の入り混じった世界を描いた。1995(平成7)年頃より埼玉県児玉郡神泉村(現、神川町)に居を構え、スペインと日本を往来するようになる。03年からは同村に“千秋窯”を拵え、焼き物に興じた。03年、装丁画を担当した『武満徹全集』(全5巻、小学館)が経済産業大臣賞を受賞、ライプチヒの「世界で最も美しい本コンクール」に日本を代表して出品される。05年絵本『ドン・キ・ホーテ・デ・千秋』(木楽舎)刊行。07年から16年まで、ANAの機内誌『翼の王国』の表紙絵を連載。また07年以降、世界的なフラメンコの踊り手である小島章司の舞踊団のための舞台美術を手がけるようになる。14年スペイン国王よりエンコミエンダ文民功労章を受章。旺盛な文筆活動でも知られ、フラメンコ専門誌『パセオフラメンコ』への連載(1986~2012年)をはじめ新聞・雑誌にエッセイを多数執筆。『渋好み純粋正統フラメンコ狂日記』(主婦の友社、1991年)、『スペイン七千夜一夜』(集英社文庫、2005年)、『絵に描けないスペイン』(幻戯書房、2008年)、『赤土色のスペイン』(弦書房、2008年)等の著作がある。14年3月から16年11月に『週刊朝日』に連載された古今東西の名品をめぐるエッセイ「美を見て死ね」は、没後の17年にエイアンドエフより単行本として刊行された。フラメンコで歌われるカンテの名手としても著名で、逝去の際、スペインの新聞はカンテ歌手の死と報じられている。生前より企画されていた画集は18年に『堀越千秋画集 千秋千万』(大原哲夫編集室)として刊行された。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(561頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2020年08月12日 (更新履歴)
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