坂本五郎

没年月日:2016/08/15
分野:, (美関)
読み:さかもとごろう

 古美術店「不言堂」創設者であり、古美術品の蒐集家としても著名な坂本五郎は、8月15日、脳梗塞により死去した。享年92。
 1923(大正12)年8月31日、横浜市磯子区根岸に生まれた。父久蔵は横浜港の税関吏。十人兄弟の五番目なので五郎と名付けられた。生まれた翌日9月1日に関東大震災が発生、母キクは産後の身体にもかかわらず五郎を抱きかかえ、崩壊する家の中から子供たちと怪我を負った夫を引出し助けたという。五郎7歳の頃に父が他界し、坂本一家は八王子に移った。1931(昭和6)年、八王子市立第二尋常小学校に入学、学業のかたわら母の行商を手伝い、商いの心得をも学んだ。小学校卒業後は横浜の乾物問屋に奉公、第二次大戦をはさみ復員後は家族を養うため、古着商をはじめ様々な商売に奔走した。古美術・骨董の世界にも興味を持ち八王子で端師(仲間から買い、仲間に売る商売)を始めるが、やがて知り合いを通じて東京美術倶楽部へ出入りするようになり、本格的に古美術の道に進むようになった。
 47年、浜松町に自宅兼店舗を構え、結婚。屋号「不言堂」は、「桃李不言 下自成蹊」(桃や李〔すもも〕は何も言わないが、花や果実を求めて人が集い、その木の下には自然と蹊〔こみち〕ができる)という『史記』の言葉から採ったという。坂本の商売は度胸と行動力に富んだもので、失敗を繰り返しながらもくじけずに勉強を重ね、良いものを求めて全国を回り、茶道具から陶磁器、西洋骨董まで幅広く手がけている。「私は気持ちだけでも、日本一、世界一のものを手がけてみたいといつも念じてきた。朝から晩まで、天下の名品を見つけたい、良いものは欲しい、の一念で生きてきた」(『ひと声千両』)とは本人の述懐である。51年には一流の古美術商が並ぶ京橋・中通りに店を出し、有名コレクターや研究者とも深く付き合い事業を拡大して行く。例えば、当時まだ評価の低かった中国の古代青銅器を手に入れては京都大学の水野清一教授(中国考古学)のもとを訪ね、真贋や時代性の教えを請い学んだ。研究室通いは月に1~2度、幾十年にも及び、ついには日本屈指の中国古代青銅器コレクションを築いている(現在の奈良国立博物館「坂本コレクション」)。60年には日本橋に移転。海外旅行が珍しい当時、早くも海外から古美術を仕入れている。大英博物館収蔵品に連なる古代アッシリア宮殿の有翼聖霊レリーフをロンドンで見出し日本に将来したのは、坂本の眼識と度胸、そして努力による快挙といえよう(現在、岡山市立オリエント美術館蔵)。また、68年には、坂本本人も惚れ込んだ中国・唐時代の加彩陶馬を、台湾の故宮博物院に寄贈して「里帰り」させるなど、商売を超えた「ものへの愛情」もうかがえる。
 72年、ロンドンのオークション・クリスティーズで中国・元時代の青花釉裏紅大壺を1億8千万円の中国陶磁史上最高値(当時)で落札。国内外でニュースとなり、坂本は世界的な美術商として評価を高めた。それは資産家の冒険などではなく、すべてを売り払う覚悟でこの壺の獲得に一世一代の勝負をかけた坂本の度胸の勝利であり、また、中国陶磁が国際美術市場でもっと高く評価されるべきとの信念に基づく行動でもあった。その後も中国陶磁の優品を多く獲得するが、中でも元時代の染付魚藻文大壺(現在、大阪東洋陶磁美術館蔵。重要文化財)を高額落札した直後は、大名器を手にした嬉しさから、壺と一緒に風呂に入って汚れを洗い、夜半には幾度も目を覚ましてひとりでそっと壺を見たと懐古しており(『ひと声千両』)、蒐集家の純心さもうかがわれる。
 80年に後進に道を譲り業界から引退、2005(平成17)年に小田原に移って隠居生活を送っていたが、2016年8月に突然に亡くなった。小柄で細身の体にスーツと蝶ネクタイ姿が業界のトレードマークだった。古美術商として、弟子には礼儀を厳しく仕込み、優秀な業界関係者を多く世に送り出した。また、多くのコレクションを各地に遺したことも大きな功績である。68年の東京国立博物館東洋館の新設に際し、饕餮文など中国古代青銅器10点を母キク名義で寄贈。02年には奈良国立博物館に約380点の中国古代青銅器を寄贈、さらに没後、九州国立博物館に「古今和歌集・伝藤原公任筆」や〓飾北斎筆「日新除魔図」をはじめ陶磁器や茶釜など約260件を寄贈、幕末の思想家佐久間象山の書画類157点を象山出身地の長野市松代に寄贈するなど、坂本の蒐集品が各地の公共機関に収蔵、活用されている。
 著書に『ひと声千両―おどろ木 桃の木「私の履歴書」』(日本経済新聞社、1998年)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(550-551頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「坂本五郎」『日本美術年鑑』平成29年版(550-551頁)
例)「坂本五郎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/818791.html(閲覧日 2024-04-27)

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