杉原たく哉

没年月日:2016/05/31
分野:, (学)
読み:すぎはらたくや、 Sugihara, Takuya*

 美術史家の杉原たく哉は5月31日、癌のため死去した。享年61。
 1954(昭和29)年12月20日、東京都渋谷区に生まれる。東京都立小石川高等学校から早稲田大学第一文学部へ進学し、79年に同大学同学部美術史専攻を卒業、同大学大学院文学研究科修士課程・博士課程(芸術学・美術史)を経て88年から同大学第一文学部助手を務めた。その後、早稲田大学、群馬県立女子大学、和光大学、お茶の水女子大学、多摩美術大学、跡見学園女子大学、大東文化大学、北海道大学、愛知県教育大学、フェリス女学院大学、沖縄県立芸術大学、岡山就実大学、女子美術大学、放送大学などで講師を務め、東洋美術史などの講義を担当した。
 杉原は若い頃から古代オリエントに関心を持っており、大学時代に古代中国の画像石の研究で知られる土居淑子の薫陶を受け、中国古代美術史研究に東西交渉史、比較芸術学、図像学など学際的な視点を用いて、独創的な研究を展開した。82年度に早稲田大学に提出した修士論文「七星剣について」に基づき、「七星剣の図様とその思想―法隆寺・四天王寺・正倉院所蔵の三剣をめぐって」『美術史研究』21(1984年)を発表した。この論文では従来一括りにみなされていた七星剣について、刀身に刻まれた天体文様の考察によって、二系統があることと、その思想的背景の差異を明らかにした。「銅雀硯考」『美術史研究』24(1986年)では、魏の曹操が建立した銅雀台の遺構の瓦をもって硯とした銅雀硯が、実際は300年ほど後の北斉の城の遺瓦を用いた可能性が高いことを提示し、その硯が文房の至宝とみなされ、宋・元・明・清の各時代の文人たちによって賞玩され、さらに室町時代の交易によって日本にもたらされていたことに言及し、瓦の硯が文学的・歴史的イメージの乗り物となって時空を超えて伝えられていったことを明らかにした。杉原の研究手法は、美術作品の形や文様・図様などを徹底的に観察し、幅広い文献史料を渉猟してその源泉を探り、中国から日本、古代から中世・近世、そして近現代へと伝播し、変遷する様相をダイナミックに描き出すところに最大の特徴がある。
 杉原の研究は広範な地域・時代をフィールドとするが、その根本には中国古代美術があった。1991(平成3)年9月には土居淑子らとともに中国山東省の仏教史蹟調査を行っており、その内容は土居淑子・杉原たく哉・北進一「<調査報告>山東省仏跡調査概報」(『象徴図像研究』7・8、1993・94年)にまとめられている。主要な論文には「漢代画像石に見られる胡人の諸相―胡漢交戦図を中心に」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要 別冊(文学・芸術学編)』14、1987年)、「不動明王の利剣と中国の宝剣思想」(『早稲田大学大学院文学研究科紀要 別冊(文学・芸術学編)』15、1988年)、「神農図の成立と展開」(『斯文』101、1992年)、「狩野山雪筆歴聖大儒像について」(『美術史研究』30、1992年)、「張騫図と乗槎伝説」(『象徴図像研究』8、1994年)、「聖賢図の系譜 背を向けた肖像をめぐって」(『美術史研究』36、1998年)、「始皇帝像の諸相」(『東洋美術史論叢』吉村怜博士古稀記念会編、雄山閣、1999年)、「道教と絵画」(『道教と中国思想』(講座 道教 第4巻)雄山閣出版、2000年)、「揺銭樹を支える羊―「スキタイの子羊」への射程」(『神話・象徴・イメージ:Hommage a Kosaku Maeda』、原書房、2003年)などがある。「蠣崎波響筆「夷酋列像」の図像学的考察」(『てら ゆき めぐれ―大橋一章博士古稀記念美術史論集』中央公論美術出版、2013年)は杉原の最後の論文となった。また妻の杉原篤子との共著「柳橋図屏風と橋姫伝承」は『古美術』100号記念研究論文の佳作賞を受賞し、『古美術』104(1992年)に掲載されている。
 杉原は時代・地域を大局的に捉え、図像学的考察によって独創性豊かな研究を進める一方、そうした専門的な研究を、一般向けにわかりやすく紹介した著作も多い。単著には『中華図像遊覧』(大修館書店、2000年)、『いま見ても新しい古代中国の造形』(小学館、2001年)、『しあわせ絵あわせ音あわせ―中国ハッピー図像入門』(日本放送協会、2006年)、『天狗はどこから来たか』(大修館書店、2007年)などがある。ギャラリー繭において行われた漢代画像石・拓本展に関連して刊行された『乾坤を生きた人々―漢代徐州画像石の世界』(まゆ企画、2001年)は、豊富な図版とともに杉原による解説、画像石の概説がまとめられている。共著には『カラー版 東洋美術史』(美術出版社、2000年)、『中国文化55のキーワード』(ミネルヴァ書房、2016年)などがある。
 杉原は、東京友禅の作家であった杉原聰(1922―2006)の長男として生まれたこともあり、父の生涯にわたる作品をまとめた『杉原聰きもの作品選 昭和・平成の女性美を彩った友禅作家 回顧展開催記念』(文京シビックセンター)図録(2012年)を編集・刊行している。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(545-546頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2019年10月17日 (更新履歴)
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