河原由雄

没年月日:2016/03/23
分野:, (学)
読み:かわはらよしお、 Kawahara, Yoshio*

 美術史家・河原由雄は3月23日、急性大動脈解離のため死去した。享年80。
 河原は1936(昭和11)年1月30日、京都市に生まれた。京都大学大学院文学研究科美学美術史学専修において修士論文「平安初期彫刻の作風展開―和様への成立過程―」を執筆・提出し、65年3月修士課程を修了。同年4月1日付で奈良国立博物館に文部技官として採用・着任。以来、75年4月1日付で学芸課資料室長に昇任、80年4月1日付で仏教美術資料センター資料管理研究室長に配置換え、82年4月6日付で同センター仏教美術研究室長、87年4月1日付で学芸課美術室長、1993(平成5)年4月1日付で学芸課長に昇任し、97年3月末に定年を迎える。同年4月より愛知県立大学教授に就任(2002年3月まで)。この間、特筆されるのは82年に創設された密教図像学会において、当初より常任委員にとして運営にあたり、以来、2000年まで編集委員として会誌『密教図像』の刊行に尽力するとともに、95年より同学会副会長(2000年まで)、01年より会長をつとめた(2003年まで)。専門は仏教絵画史、とくに浄土教絵画の研究を中心に行う。09年には『当麻曼荼羅の研究』をまとめ、京都大学において学位申請し、10年3月23日付で博士の学位を取得する。主な論文に「たけ高き女性―平安時代」(『国文学 解釈と鑑賞』367、1965年)、「〓州会本尊像」(『大和文化研究』93、1966年)、「敦煌浄土変相の成立と展開」(『仏教芸術』68、1968年)、「勧進の美術」(『日本美術工芸』381、1970年)、「新資料紹介 当麻曼荼羅」(『古美術』42、1973年)、「敦煌画地蔵図資料」(『仏教芸術』97、1974年)、「西域・中国の浄土教絵画」(『浄土教美術の展開 仏教美術研究上野記念財団助成研究会報告書第1冊』1974年)、「観経曼荼羅図」(『國華』1013、1978年)、「祐全と琳賢」(『南都仏教』43・44、1980年)、「当麻曼荼羅下縁部九品来迎図像の形成」(『密教図像』1、1982年)「変相図の源流」(『図説 日本の仏教 第3巻 浄土教』新潮社、1988年)、「浄土曼荼羅礼賛」(『日本美術工芸』642、1992年)、「肖像を奉祀する時代以前―栄山寺八角堂の追善堂的性格」(『大和文華』96、1996年)、「牙をなくした阿修羅」(『阿修羅を極める』小学館、2001年)、「招福の神と仏」(『仏教図像聚成 六角堂能満院仏画粉本』法藏館、2004年)などがある。単著に『浄土図(日本の美術272)』(至文堂、1989年)、共著に『日本の仏画 第二期』第二巻(学習研究社、1977年)、『粉河寺縁起 (日本絵巻大成5)』(中央公論社、1977年)、『当麻曼荼羅縁起・稚児観音縁起(日本絵巻大成 24)』(同、1979年)、『西山派寺院の寺宝調査―とくに證空系観経図の形成と発展に関する図像学的研究(報告書)』(奈良国立博物館、1980年)、『薬師寺 白鳳再建への道』(薬師寺、1986年)、『奈良県史』第15巻(名著出版、1986年)、『当麻寺(日本の古寺美術11)』(保育社、1988年)、『我が国における請来系文物の基礎的資料の集成とその研究―古代中世の仏教美術を中心にして(報告書)』(奈良国立博物館、1993年)、『法隆寺再現壁画』(朝日新聞社、1995年)、『帯解寺』(同寺、1998年)などがある。このほか監修に『大和の名刹 信貴山の秘宝信貴山縁起と毘沙門天像』(ニューカラー印刷、1998年)、『仏像の見方 見分け方―正しい仏像鑑賞入門』(主婦と生活社、2002年)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成29年版(537-538頁)
登録日:2019年10月17日
更新日:2019年10月17日 (更新履歴)
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