中平卓馬 (なかひらたくま)

没年月日:2015/09/01
分野:, (写)

 写真家の中平卓馬は9月1日肺炎のため横浜市内の病院で死去した。享年77。
 1938(昭和13)年7月6日、東京市渋谷区原宿に生まれる。63年東京外国語大学スペイン科卒業。同年、現代評論社の総合誌『現代の眼』の編集部に入る。写真家東松照明に映画批評の寄稿を依頼したことをきっかけに、写真に関心を持ち、同誌に写真ページを設け、編集を担当、自らも撮影するようになる。65年現代評論社を退社、日本写真家協会主催の「写真100年 日本人による写真表現の歴史」展(東京・西武百貨店池袋店、1968年)の編纂作業に携わる一方、『現代の眼』、『アサヒグラフ』などに作品を発表、写真家、批評家として活動を展開する。
 66年には森山大道と共同事務所を開設。68年に多木浩二、高梨豊、岡田隆彦を同人として季刊誌『PROVOKE』を創刊(2号より森山大道が参加、3号で終刊)。同誌などに発表した作品により69年、第13回日本写真批評家協会賞新人賞を受賞。既成の写真美学を否定し、「アレ・ブレ・ボケ」と評された過激な写真表現が注目され、写真集『来たるべき言葉のために』(風土社、1970年)、雑誌等に寄稿した文章による評論集『なぜ、植物図鑑か』(晶文社、1973年)など、実作、批評の両面から写真表現にラディカルな問いを発する活動を展開、当時の写真界に特異な存在感を示した。69年および71年には「パリ青年ビエンナーレ」、74年には「15人の写真家」展(東京国立近代美術館)に参加。
 77年に急性アルコール中毒で倒れ記憶の一部を失うが、療養の後、写真家として再起。83年には写真集『新たなる凝視』(晶文社)を発表。1989(平成元)年には『Adieu a X』(河出書房新社)を刊行、翌年同写真集に対し第2回写真の会賞を受賞。97年には個展「日常 中平卓馬の現在」(愛知・中京大学アートギャラリーC・スクエア)を開催。その後、2010年代初めまで活動を続けた。
 73年にそれまでの作品を自己批判、プリントやネガの大半を焼却したとされていたが、当時の助手のもとにかなりのネガが残されていたことが判明し、それをきっかけとして03年には横浜美術館で大規模な個展「中平卓馬:原点復帰-横浜」が開催された。また同年ドキュメンタリー映画「カメラになった男-写真家中平卓馬」(小原真史監督)が制作され、評論集『見続ける涯に火が…批評集成1965-1977』(オシリス、2007年)、写真集『来たるべき言葉のために』(1970年の写真集の復刻、オシリス、2010年)、初期の雑誌掲載作品の集成『都市 風景 図鑑』(月曜社、2011年)が刊行されるなど、晩年あらためてその仕事に注目が集まり、再評価が進んでいた。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(549-550頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年01月23日 (更新履歴)
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