梶山俊夫 (かじやまとしお)

没年月日:2015/06/16
分野:, (その他)

 画家の梶山俊夫は6月16日、肺炎のため死去した。享年79。
 1935(昭和10)年7月24日、東京都江東区亀戸に生まれる。本名は梶山俊男。少年期に茨城県常陸太田町(現、常陸太田市)に4年間疎開する。56年、武蔵野美術大学西洋画科中退。1年のときに演劇部を作ろうとして押さえつけられ、退学届を提出したという。58年、第10回読売アンデパンダン展(以後、61年まで)、第11回日本アンデパンダン展、アジア青年美術家展に出品。同年、銀座・なびす画廊にて初個展を開催。61年、日本大学芸術学部卒業。在学中より博報堂制作部に嘱託勤務、このころ日本宣伝美術会会員として日宣美展に出品。62年、シェル美術賞(3等)受賞、木島始との共著で詩画集『グラフィック・マニフェスト―のどかなくわだて』(未来社)を上梓。63年に渡欧、フランスの画家と交友をもち、ヨーロッパ各地をめぐったのち、翌64年に帰国。創作活動を続けながら、全国の国分寺跡や奈良時代の廃寺跡を3年間訪ね歩く。67年、木島始の依頼で鳥獣戯画を素材として『かえるのごほうび』(福音館書店、こどものとも130号)のレイアウトを手掛ける。この仕事をきっかけに福音館書店の松居直に絵本制作を勧められ、博報堂での知己天野祐吉の文に挿絵を描いた『くじらのだいすけ』(福音館書店、こどものとも139号)を氏によるはじめての物語絵本として上梓、以後36年間にわたり、日本の自然、風土、民話をテーマに絵本を描く。73年、ブラチスラバ世界絵本原画ビエンナーレに『かぜのおまつり』(いぬいとみこ・文、福音館書店、1972年、こどものとも199号)を出品、「金のりんご賞」を受賞。このころより木版画の制作に着手。73年、『いちにちにへんとおるバス』(中山正文作、ひかりのくに、1972年)で講談社出版文化賞受賞。74年、『あほろくの川だいこ』(岸武雄・文、ポプラ社、1974年、ポプラ社の創作絵本)で小学館絵画賞受賞。77年、初の画集『風景帖』(沖積舎)を発表。このころより、同人誌『自在』創刊に参加(1991年、『虚空』と改題創刊)。82年、『こんこんさまにさしあげそうろう』(森はなさく、PHP研究所、1982年)で絵本にっぽん大賞受賞。1989(平成元)年梶山俊夫展「汽車の窓からバスの窓から―中国・ガンダーラスケッチ紀行」(西武舟橋店)開催。このころから絵本原画を絵巻に再生することを始める。96年、兵庫県和田山町文化会館の壁画及び『じろはったん』のブロンズ像制作、「毎日新聞」朝刊の連載、佐藤愛子「風の行方」の挿絵を担当。97年『みんなであそぶわらべうた』(福音館書店、1997年)で再びブラチスラバ世界絵本原画ビエンナーレ「金のりんご賞」受賞。99年ガラス絵や陶板絵の制作に傾注。98年、市川市民文化賞・奨励賞受賞。
 そのほかの絵本に『いぐいぐいぐいぐ』(フレーベル館、1977年、「わが西山風土記」シリーズ)、『絵本空海お大師さま』(智山教化研究所企画、1984年)など多数、作品集に『梶山俊夫絵本帖』(上下、あすか書房、1981年)、『旅の窓から―梶山俊夫ガラス絵と陶女の風景』(毎日新聞社、1999年)、著書にエッセイ集『ぼくの空、蛙の空』(福音館書店、1995年)、『ききみみをたてて出かけよう』(毎日新聞社、1998年)がある。日本国際児童図書評議会会員、文芸誌『虚空』同人、市川市民文化賞を推進する会選考委員を歴任。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(542-543頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年01月23日 (更新履歴)
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