松井章

没年月日:2015/06/09
分野:, (学)
読み:まついあきら

 奈良文化財研究所埋蔵文化財センター前センター長で、京都大学大学院人間・環境学研究科前併任教授の松井章は、6月9日、肝臓がんのため死去した。享年63。瑞宝双光章を授与され、従五位を叙された。
 1952(昭和27)年5月5日、大阪府堺市に生まれる。76年に東北大学文学部卒業。77年からアメリカ・ネブラスカ大学に1年半の留学。80年に東北大学大学院修士課程を修了。82年に奈良国立文化財研究所に入所。
 専門は環境考古学。幼少期を過ごした大阪では、有名な弥生遺跡や古墳で遺物を収集する「考古ボーイ」であったが、東北大学進学後は縄文時代の貝塚に興味を持ち、そこから出土する魚骨、動物骨や貝殻といった自然遺物に興味を持ち、動物遺存体の研究に取り組み始めた。しかし当時の国内では、動物遺存体を研究する動物考古学は未開拓の分野であったため、指導教授である芹沢長介の紹介を通じてアメリカに留学し、海外の動物考古学の基礎を習得した。
 帰国後、奈良国立文化財研究所(当時)に職を得、埋蔵文化財センターにおいて動物考古学の研究の進展に取り組み、同研究所が動物考古学のナショナル・センターとなる基礎を築いた。彼が中心となって収集した膨大な原生動物の骨格標本は、出土した自然遺物の同定における基礎資料として、国内外の多くの研究者に活用された。また1994(平成6)年からは京都大学大学院人間・環境学研究科の併任教員となり、後進の指導にも尽力し、多くの動物考古学の専門家を輩出した。
 奈良文化財研究所では古代や中・近世の遺跡にも関心を高め、歴史時代の獣肉食や皮革生産の実相に迫る画期的な成果を挙げた。また89年のイギリス・ロンドン自然史博物館での在外研究を経て、トイレ考古学や湿地考古学にも関心を広げ、動物考古学に止まらない、環境考古学の確立を志向するようになった。
 2011年の東日本大地震に関わる文化財レスキュー活動では、奈良文化財研究所の先陣を切って被災地へ駆けつけ、自らの手で瓦礫を撤去し、貴重な文化財の救出に努めた。その後は被災した博物館・資料館から自然遺物関連の資料を預かり、その整理作業に携わった。
 学会での活躍や研究交流は国内外を問わず、93年には国立歴史民俗博物館の西本豊弘らと共に動物考古学研究会(現、日本動物考古学会)の設立にも携わった。05年には国際湿地考古学研究会(WARP)にて学会賞大賞を受賞、11年には濱田青陵賞を受賞した。
 09年に奈良文化財研究所埋蔵文化財センター長に就任。13年に奈良文化財研究所を定年退職したが、その後も特任研究員として研究活動を継続した。病を得てからも、最期の日を迎えるまで研究を続けた。
 自身、「一人っ子やったし、子どもの頃から好きなことしかせえへんかったなぁ」と発言するように、幅広い分野に関心を持ち、自由闊達にフットワーク軽く活動するタイプの学者であった。ヨーロッパ出張の飛行機の中で、機内食用のワインの小瓶20本を空けたというエピソードは今でも語り草となっている。
 主な著書は以下の通り。
『考古学と動物学』考古学と自然科学②(西本豊弘との共編著、同成社、1997年)
『古代湖の考古学』(牧野久美との共編著、クバプロ、2000年)
『環境考古学』日本の美術423(士文堂、2001年)
『環境考古学マニュアル』(編著、同成社、2003年)
『環境考古学への招待』岩波新書930(岩波書店、2005年)
『動物考古学―Fundamentals of Zooarchaeology in Japan―』(京都大学学術出版会、2008年)

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(541頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「松井章」『日本美術年鑑』平成28年版(541頁)
例)「松井章 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/809066.html(閲覧日 2024-04-20)

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