樋口隆康 (ひぐちたかやす)

没年月日:2015/04/02
分野:, (学)

 考古学者。京都大学教授、泉屋博古館館長、奈良県立橿原考古学研究所所長、シルクロード学研究センター長、財団法人京都府埋蔵文化財調査研究センター理事長、斑鳩町文化財活用センター長などを歴任した樋口隆康は、京都薬師山病院にて4月2日老衰のため死去した。享年95。
 1919(大正8)年6月1日、福岡県田川郡添田町に生まれる。第一高等学校文科甲類卒業後、1941(昭和16)年に京都帝国大学文学部史学科に進学し、考古学を専攻した。43年に京都大学大学院に進むが、徴兵され海軍予備学生として土浦海軍航空隊に入隊する。終戦後の45年10月に大学院に復学し、京都大学の故梅原末治教授の副手となる。その後、83年4月に京都大学を退官するまで、助教授(1957年就任)、教授(1975年就任)職などを務めた。
 京都大学退官後は、泉屋博古館館長および名誉館長(1983~2015年)を務め、また奈良県立橿原考古学研究所所長(1989年~2008年)、シルクロード学研究センター長(1993~2008年)、斑鳩町文化財活用センター長(2010~15年)などの役職を歴任した。
 ユーラシア大陸全般にわたる研究を提唱し、研究テーマは多岐におよんだ。日本国内では、魏が卑弥呼に下賜したとされる三角縁神獣鏡が多数出土したことで有名な京都府椿井大塚山古墳や奈良県黒塚古墳の発掘調査に携わり、古墳時代や邪馬台国の研究に大きく貢献した。
 海外では、57年に、訪中考古学視察団の一員として、日本人考古学者として戦後初めて敦煌石窟などを調査した。58年には、京都大学インド仏蹟調査隊のメンバーとして聖地ブッダガヤを調査し、62年にはガンダーラ仏教寺院址の発掘調査に参加した。70年からは、京都大学中央アジア学術調査隊を率い、アフガニスタン、バーミヤーン遺跡の仏教石窟群の調査を行った。また、90年から2004年にかけては、シルクロードの隊商都市であるシリアのパルミラ遺跡の発掘調査を指揮した。
 また、作家の司馬遼太郎や井上靖、陳舜臣、考古学者の江上波夫などともにNHK特集「シルクロード」の番組製作に参加し、日本中にシルクロード・ブームを巻き起こした。
 死後、15年5月8日に、従四位、瑞宝小綬章を受章している。
 著書に『古代中国を発掘する―馬王堆、満城他―』(新潮選書、1975年)、『バーミヤーン:京都大学中央アジア学術調査報告1-4』(共著、同朋舎出版、1983-84年)、『ガンダーラの美神と仏たち―その源流と本質』(NHKブックス、1986年)、『始皇帝を掘る』(学生社、1996年)、『三角縁神獣鏡と邪馬台国』(共著、梓書院、1997年)、『シルクロードから黒塚の鏡まで』(学生社、1999年)、『アフガニスタン遺跡と秘宝-文明の十字路の五千年』(NHK出版、2003年)など多数。

出 典:『日本美術年鑑』平成28年版(537頁)
登録日:2018年10月11日
更新日:2019年01月23日 (更新履歴)
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