田口榮一

没年月日:2014/02/12
分野:, (学)
読み:たぐちえいいち

 美術史家の田口榮一は、2月12日大腸がんのため死去した。享年69。
 1944(昭和19)年8月16日、新潟県に生まれる。小学6年で川崎市に移り、63年神奈川県立湘南高等学校を卒業。一時は建築家を志したというが、東京大学文学部に入り、68年同大学文学部美術史学科卒業。同大学大学院人文科学研究科美術史専攻修士課程を経て、71年6月同大学大学院博士課程中退。続いて同年7月東京大学文学部助手(美術史研究室)となる。78年東京藝術大学美術学部芸術学科講師(日本美術史)。85年同学科助教授、2005(平成17)年同学科教授。10年東京芸術大学附属図書館長を併任。12年同大学美術学部芸術学科教授を定年退官。
 修士論文のテーマは平等院鳳凰御堂扉絵であり、仏教絵画、特に来迎図の研究に力を注いだ。単著として『平等院と中尊寺』新編名宝日本の美術9(1992年、小学館)があり、鳳凰堂扉絵の詳細な図版を紹介しつつ、「阿弥陀九品来迎図の系譜―平等院鳳凰堂扉絵を中心として」として一編をたて、その描写の詳細な紹介をしつつ、「九品来迎図の起源」の章では敦煌壁画を視野にその変遷を考察している。「鳳凰堂のことを詳しく調べ、その中から来迎表現がどういうふうに生まれてきたのか、その鍵を探そうとするのが私の前からのテーマ」(同月報インタビュー)と述べている。「鳳凰堂九品来迎図調査報告―両側壁画の現状と来迎聖衆の図様及びその表現」上・下『仏教藝術』141・143も同様の題材を追及した長編であるが、単なる図様、図像の研究に留まらず、その表現性やマチエールの問題にまで詳細に踏み込んだものである。
 この絵画の表現性に関わるマチエールの研究はもう一方の重要な業績のひとつで、「分光学的方法による顔料、特に有機色料およびその調合色の判定について―近世初期狩野派粉本「源氏物語五十四帖絵巻」を例として―」(田口マミ子と共著 『古文化財之科学』20・21、1977年)のように早くから関心を示し、『X線コンピュータ断層撮影装置を用いた木造彫刻の構造および造像技法の調査』(長沢市郎・籔内佐斗司・田口マミ子と共著、『古文化財之科学』29、1987年)などX線分析をはじめ科学的技法を用いた作品研究に力を入れた。また自らも写真技術を使いこなし、多くの画像資料を蓄積した。
 研究対象は来迎図や仏画に限らず、やまと絵、近世絵画、また敦煌絵画にまで広くおよび、中でも源氏物語絵の造詣が深く、編著書および単行図書所載文献中の論文・解説も数多い。鳳凰堂扉絵に関して「よいことをすれば阿弥陀さんが迎えに来ますよという意図以前の、絵も彫刻も建築もそれ自体の存在だけを第一義にした世界に惹かれますね」(前述月報)という言葉に科学的手法さえ単なる科学分析にとどまらなかった美術作品への愛着、作品観があらわれていよう。
 白百合女子大学、共立女子大学、学習院大学等多くの大学の非常勤講師をも勤めた。
 仏教美術の研究に対し、第2回北川桃雄基金賞受賞(1976年)。
 その略歴、著作をまとめたものに、退官時に製作された『田口榮一先生略歴・著作目録』(東京藝術大学美術学部芸術学科日本東洋美術史研究室編、2012年)がある。

出 典:『日本美術年鑑』平成27年版(491-492頁)
登録日:2017年10月27日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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