矢橋六郎

没年月日:1988/07/04
分野:, (洋)

モダンアート協会創立会員の洋画家矢橋六郎は、7月4日午前6時20分、脳出血のため岐阜県大垣市の大垣市民病院で死去した。享年82。明治38(1905)年11月16日、岐阜県不破郡に生まれる。県立岐阜中学校を経て大正15(1926)年東京美術学校西洋画科に入学し、昭和5(1930)年に同校を卒業。梅原龍三郎に師事し、梅原らの創立になる国画会に参加。滞欧中も同展に出品を続け7年に同会会友となる。8年、帰国。同年国画会を退会する。11年、山口薫村井正誠らと自由美術家協会を創立。14年生家の家業である矢橋大理石商店に勤務することとなるが画業もつづけ、25年村井らと共にモダンアート協会を創立する。モザイク作家としても知られ、「海」(37年、大名古屋ビル)、「彩雲流れ」(40年、新東京ビル)、「日月と東海の四季」(名古屋駅新幹線口)、「松と海」(新大阪駅貴賓室)などを制作している。晩年にはステンドグラスも制作。美術教育にも尽くし、武蔵野美術大学、東京芸術大学で教鞭を取ったほか、44年には岐阜県教育委員長をつとめ郷里の振興に寄与した。41年中日文化賞を受賞、53年東京セントラル美術館で「矢橋六郎画業50年展」が開催された。

モダンアート展出品略歴
第5回展(昭和30年)「無花果」「田植の頃」「桃果」「麦刈」「メヌエット」、10回(35年)「田園の冬」「ベニスの橋」、15回(40年)「田園冬日」、20回(45年)「春」、25回(50年)「サンジオルジオベニス」、30回(55年)「ポルトガルの夏」、35回(60年)「砂丘」、38回(63年)「ローマのテラス」

出 典:『日本美術年鑑』平成元年版(266頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2023年09月13日 (更新履歴)

引用の際は、クレジットを明記ください。
例)「矢橋六郎」『日本美術年鑑』平成元年版(266頁)
例)「矢橋六郎 日本美術年鑑所載物故者記事」(東京文化財研究所)https://www.tobunken.go.jp/materials/bukko/10051.html(閲覧日 2024-06-23)
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