常盤大空

没年月日:1983/04/14
分野:, (日)

 日本美術院同人の日本画家常盤大空は、4月14日脳軟化症のため東京都杉並区の前田病院で死去した。享年70。大正2(1913)年10月20日福島県東白川郡に醤油醸造業の家に生まれ、同7年県立石川中学校卒業後上京、川端画学校日本画科に入り、主に岡村葵園の指導を受け同12年に卒業する。昭和15年再興院展第25回に「木の間の秋」が初入選、同18年にも「さいかちの虫」で入選するが戦時下のためいったん帰郷し教職につき、翌年応召する。戦後も教職に復帰したが、同25年画業に専念するため再上京、同25年の第37回院展に「麦秋」が入選、この頃から堅山南風に師事し以後院展への出品を続ける。同35年第45回院展出品作「古代頌」は、終生のライト・モチーフの出発を示唆したもので、翌年第46回展に「伝承」で奨励賞を初受賞。同37年第47回展には中国殷時代の青銅器をモチーフとした「殷賦考」を出品、古代祭器の抽象的な文様を独自に再構成する表現を示し日本美術院賞を受賞する。同38年第48回展には「西域碑」でモチーフを中国から西域シルクロードへと拡大し、翌年の第49回展に「長安の人」で二度目の日本美術院賞を受賞、その後も連続受賞を重ね同42年日本美術院同人に推挙される。以後も独自のモンタージュ手法による白描風の表現を展開、題材も中央アジアからオリエント世界へと拡大された。同49年第59回展に「怒号(蒙古襲来)」で文部大臣賞を受賞する。
再興院展出品目録
昭和15年 木の間の秋
昭和18年 さいかちの虫
昭和27年 麦秋
昭和28年 岩礁
昭和29年 磐梯
昭和30年 甲子谿
昭和33年 陵原
昭和35年 古代頌(左・右)
昭和36年 伝承 奨励賞(白寿賞)
昭和37年 殷賦考 日本美術院賞(大観賞)
昭和38年 西域碑 奨励賞(白寿賞・G賞)
昭和39年 長安の人 日本美術院賞(大観賞)
昭和40年 流砂想々 奨励賞(白寿賞・G賞)
昭和41年 讃正倉院 奨励賞(白寿賞・G賞)
昭和42年 華厳 奨励賞(白寿賞・G賞)/同人推挙
昭和43年 天馬将来叙
昭和44年 胡歌
昭和45年 黒飆(カラブラン)
昭和46年 ’72東京
昭和47年 赤い芥子(サマルカンド叙事詩)
昭和48年 天山を越えて(シルクロード抄)
昭和49年 怒号(蒙古襲来) 文部大臣賞
昭和50年 カイバル峠(アレキサンダー大王印度遠征)
昭和51年 果て遠き琵琶歌
昭和52年 壮大なる白日の詩(ペルセポリス)
昭和53年 逃避
昭和55年 西方浄土変相讃賦

出 典:『日本美術年鑑』昭和59年版(300-301頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2019年06月06日 (更新履歴)
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