森野圓象

没年月日:1989/11/08
分野:, (彫)

 日展参与の彫刻家森野圓象は11月8日午後零時35分、心不全のため東京都世田谷区の三軒茶屋病院で死去した。享年85。明治36(1903)年12月18日、神奈川県横須賀市に生まれる。本名円蔵。工学院大学を卒業し、大正11(1922)年より木彫家内藤伸に師事。同14年第6回帝展に「旅」で初入選。以後、新文展、日展と出品を続ける。昭和6(1931)年内藤伸を中心とする日本木彫会の創立に参加する。同8(1933)年第14回帝展にボールを追う男性3人の群像「蹴球」を出品して特選となり、翌年第15回帝展には牛と組み合う人物をあらわした彩色木彫「力闘」を出品して2年連続特選受賞。運動する力強い人体群像を彫り出す木彫家として注目される。戦後は人々の生活に取材した制作が続くが、昭和30年代に入って東洋の古話、伝説に取材するようになり、同38年第6回改組日展出品作「このはなさくや姫」で文部大臣賞を受賞する。裸体像、着衣像ともに対象にデフォルメを加え、ノミ跡を残して素材の質感と木彫技法の性格を生かした。ブロンズ像の制作も行ない「池田勇人像」等の作品がある。同55年日展参与となった。

帝展・新文展、日展出品歴
第6回帝展(大正14年)「旅」、7回「夕陽」、8回「かへり」、9回「馬鍛冶」、10回(昭和4年)「獵」、11回「武人像」、12回不出品、13回「豺」、14回「蹴球」(特選)、15回(同9年)「力闘」(特選)、文展招待展(同11年)「篭球」、第1回新文展(同12年)「レスリング」、2回「人柱架橋」、3回「錬金」、紀元2600年奉祝展(同15年)「火神」、戦時特別展(同19年)「小楠公」、第1回日展(同21年春)「石狩の女」、2回(同年秋)「秋の夜」、3回「カメラの前」、4回「文殊」、5回(同24年)「ラグビー」、6回「朝」、7回「火の幻想」、8回「石狩の娘」、9回「風と家族」、10回(同29年)「都會の女」、11回「石狩の男」、12回「美術展にて」、13回「きくじどう」、第1回新日展(同33年)「制作する私」(以下略歴)、5回(同37年)「イザナギとイザナミ」、10回(同42年)「虎渓山の乙女」、第1回改組日展(同44年)「なたでらのにわの此女たち」、5回(同48年)「ある僻地の青年医」、10回(同53年)「フラメンコ」、15回(同58年)「白秋」、20回(同63年)不出品

出 典:『日本美術年鑑』平成2年版(255頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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