高田義男

没年月日:1985/11/10
分野:, (工,染織)

 装束製作家、有職装束研究家の高田義男は、11月10日午前2時45分、心不全のため、東京都新宿区の駒ケ嶺病院で死去した。享年88。明治30(1897)年6月2日、東京市麹町区で生まれた。父は茂、母はテル。代々京都で禁中、公家、神社の装束の調製に当ってきた家で、父の茂は22代、明治維新東京遷都で東京に移り住むことになった。23代の義男は、明治41年、11歳の小学生ながら松岡映丘の門下生となって大和絵を学びつつ、明治44年に東京市立番町小学校を、大正6年に大倉商業学校を卒業した。家業に専念、先代に引続き宮中の装束の製作(山科流)に従事、昭和元年(1926)の大正天皇大葬、同3年の天皇即位の装束、同4年の伊勢神宮神宝装束などの調進に当ったほか、帝室博物館の委嘱によって「正倉院染織品」「鶴岡八幡宮」「熊野速玉大社」「熱田神宮」などの神宝、神服類の復元模造を行い、戦後は「歴世服装美術研究会」「日本甲冑武具研究会」などを興して、服飾風俗の研究指導を行うなど、日本の染織・服飾界に盡した。
略年譜
大正8年 株式会社高田装束店設立代表取締役就任 その頃、上代裂の調査・研究にも傾注、復元模造を試みて学ぶ。上代の綾・錦・更に文羅の復元模造にも昭和初年には成功している。
大正15・昭和元年(1926年)
昭和2年 大正天皇大葬御用装束調進
昭和3年 天皇即位大礼装束調進、黄櫨染復活、紅染復活。
昭和4年 伊勢神宮御神宝大礼装束調進。
昭和5年より帝室博物館の委嘱により正倉院宝物染織品調査と復元模造。
秩父、高松、三笠各親王成年式装束調進。
同各宮殿下婚儀儀服調進。
皇族宮殿下御着袴、成年式装束調進。
昭和7年より鶴ケ岡八幡宮御神宝装束をはじめとする国宝・重要文化財染織品調査と復元模造
熊野速玉大社御神宝装束
熱田神宮御神宝装束
御嶽神社伝来大鎧
大塔宮護良親王鎧直垂
毛利家伝来鎧直垂
宇良神社伝来縫箔小袖
手向山神社新靺鞨袍
天野社舞樂装束
高台寺豊公所用綴織陣羽織調査復元等
昭和33年 シルク博物館(横浜市中区山下町1シルクセンタービル2階)展示の中世・近世初期等服装を復元製作。
昭和47年 紫綬褒章受章
主要著書
昭和2年 和染鑑 編著
昭和10年 大楠公六百年祭写眞帖 関安之助と共編
昭和18年 かさね色目 編著
昭和39年 日本の服装上 鈴木敬三と共著 吉川弘文館発行
昭和44年 服飾史図絵 共編著 駸々堂発行
長男の高田敏男は株式会社高田の後継者で社長。現在は24代。弟の高田倭男が研究面の後継者で研究所長。

出 典:『日本美術年鑑』昭和61年版(260頁)
登録日:2014年04月14日
更新日:2015年12月14日 (更新履歴)
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